第62話:砲火


 燐花は駆け出すと敵と真逆、裏手の地面へと窓から飛び降りて着地する。


 これは堂々たる決闘ではなく、突破できれば燐花達の勝ちで失敗すれば負けという戦いでしかない。

 ここで卑怯かどうかを論じる余裕があるわけでもない。


 建物の脇を駆け抜けて、男がいる戦場に向けて真っ直ぐに走る。


 黒の騎士として語られる楓人が負けるとは微塵も思っていないが、今回の相手は出来るだけ早く助けに行くに越したことはない。

 そして、男の背後へと近付くと地面を蹴り、同時に二つの銃口を男に向けて引き金を引く。


 放たれるのは数にして銃は超える風の銃弾。


 破壊力では狙撃変形スナイプには及ばないが、一発でもそれなりの威力を秘めている上に手数は圧倒的だ。


「・・・・・・止めとけ、そんなんじゃアルマシエルの防御は突破できない」


 このまま走り抜けて楓人の所に行く選択肢もあったが、この場所ですり抜けようとすれば男の目に入る立ち位置を取られてしまっていた。

 もしかすると、その位置を奪う為に正面から挑んできたのかもしれない。


「あたしだけだったら、無理かもしれないわね!!」


 だが、その意図を汲み取って恵は素早く連携を取っていた。

 既に具現器アバターの起動は終了しているらしく、腕輪状の銀色の装飾品がわずかに光を灯すのが見えた。


 周囲に放置された鉄材の欠片が研ぎ澄まされ、一瞬の隙に敵へと飛翔する。


 恵の能力は周囲の物質への干渉と隷属、この工場という戦場では操る物には全く困らない。

 背後からは銃撃、正面からは鋼の雨、もしも盾にわずかでも綻びがあるのなら絶対に回避は不可能だと言える。

 男の身のこなしは速いが、それを計算に入れて恵は攻勢を仕掛けている。


「・・・・・・やはり、威力不足ですね」


 恵が呟いたのは、男の張った防御膜は無数に注がれる全ての攻撃を弾き返していたからだ。

 だが、それに絶望せずに燐花は続いて銃撃を仕掛け、恵もそれに従って鉄材や釘を変質させた刃を飛ばす。


 それだけの手数と継続した攻撃を以てしても倒れない。


「無駄なことは止めろ。あんたらが動かなければ俺も動かない。同じことだろ」


 一度ずつ燐花と恵に視線を注ぎ、感情の揺らぎさえ見せずに男は言ってのけた。

 これだけの防御力、確かに突破するのは難しいかもしれない。


 だが、彼女達とて策を失ったわけではなかった。


 恵と燐花の視線が交差し、頷いたのは燐花の方だった。

 今のアイコンタクトは敏い二人が仕込みを終えた合図でもあり、あることを同時に確認し合った目線だった。


「恵、三秒ッ!!」


 そう声を上げると燐花は真横に跳びながら銃を構えた。


「遠距離からの攻撃手段を持っている者は援護してください」


 恵はレギオン・レイドのメンバーに告げると再び鋼の刃を生成して絶対防御と向き合う。

 今度もまた全てを防がれた時と同じ光景の焼き直しでしかないが、そんなことはその場の誰もが理解していた。

 恵は渡が信頼する腹心で、その彼女が無策で同じ攻撃を仕掛けるはずがなかった。


 恵による刃の雨の他にも具現器そのものを投げつけたり、後方から入った援護によって視界は攻撃で埋まる。


 その中でも、鉄壁の防御を纏った男は意に介する必要もないと言いたげに佇む。

 しかし、その無意味にも見える攻撃は単なる囮でしかない。


「まだです・・・・・・ッ!!」


 恵は前に突き出した拳を握り締め、仕込んだ“地雷”を起動した。


「・・・・・・何?」


 初めて男の表情がわずかに歪み、その目が足元に注がれる。

 先程の一斉攻撃に紛れて、何かが男の周囲には気付ない内にばらまかれていた。


 異変に気付いた時にはもう遅い。


 激しい爆発が障壁の周囲で発生し、地面を抉って爆煙が周囲を満たす。

 だが、この火力でも仕留めきれないことは承知の上。


「・・・・・・この程度で俺を――」


 さすがに呼吸が詰まったのか、苦し気な声を上げるが傷自体は負っていない様子だ。


 だとしても彼女の乾坤一擲の特攻はこれからだ。



 ―――その上から。



「三秒、ジャストッ!!」


 切り札を持つ少女りんかが降ってきた。


 最初からこの防御を破るには単純な攻勢では無理だと二人とも悟っていたので、細かい所は即席で作戦を組んだ。

 事前に恵と燐花がお互いの取れる戦法の確認を済ませていたのが幸いした。

 横からの攻撃と目くらましになる弾幕で足元から視線を逸らさせ、爆風で完全に視界を遮断する。


 そこから三秒あれば燐花の最大火力を叩き込めるのだ。


 燐花がエンプレス・ロアで火力担当となっていないのは原因がある。


 基本的な瞬間火力では他のメンバーに劣るのはもちろんだが、破壊力を出そうとすると余りに派手で解りやすい砲撃となってしまうからだ。

 探知役もこなす彼女が露骨に居場所を知られるべきではないし、一対一となっても使いづらい。


「———狙撃変形スナイプ砲火ほうか


 威力と一点への射撃精度が大幅に向上する形態の性質を存分に利用し、更に破壊力を蓄積した一撃。


「ちっ・・・・・・!!」


 さすがにこの砲撃は今からでは躱せない、破壊力と防御力は正面から激突して周囲に爆炎を振り撒いた。

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