第61話:障壁
その銃身に実際の銃のような鋼の弾丸はない。
ホークアリアが生成するのは風だ。
周囲の空気、
弾丸自体に実体はなく、その生成までが能力の一部と言ってもいい。
両側に付いている羽のような銀色の装飾は風をコントロールする船の帆のような役割を果たす。
放たれたのは注意して見なければ視認すら困難であろう銃撃。
打倒すべき敵に向かい、空間を歪めて吸い込まれる魔弾に初見で防御を間に合わせた人間は過去にも数少ない。
正面にも恵達がいるこの状況では回避はほぼ不可能と言えた。
その、はずだったのだ。
「っぶねーな・・・・・・」
上げた腕で逸らされた弾丸は弾け飛んで霧散し、腕を眺めて男は舌打ちした。
わずかに血は流れているが、ほぼ完全な状態で撃った弾がここまで完璧に捌かれた経験はほぼなかった。
「出て来いよ、位置は大体わかった。もう何発撃っても無駄だぜ」
静かに狙撃手のいる位置を男は睨み据え、さすがの燐花と言えど次の一撃を放つかどうかを迷う。
今の一発の角度だけで位置を割り出されたのなら、撃っても無駄かもしれないと思わされた。
この男は普通じゃない、と燐花の勘が告げている。
「まあ、どっちでもいいさ。殺すつもりは最初からない。出てこい、アルマシエル」
だが、
先程は殺さないようにという加減もあったが、今回は確実に右腕を一時的に使えなくするつもりで放った。
空間が歪んで、風の弾丸は難敵へ向けて容赦なく唸りを上げて迫っていく。
だが、それさえも黒髪の男は上げた腕だけで今度は真っ向から腕が傷付くこともなく凌いでみせた。
燐花の銃弾はそんなに容易く凌げるものではなく、変異者の肉体であろうと突破する貫通力はその辺の
「・・・・・・嘘でしょ、何よアイツ」
女ながらに豪胆な燐花が頬をひくつかせる程に男は銃弾を意に介さなかった。
両腕には重苦しい灰色の装甲が出現しており、紅の亀裂めいた文様が大きく刻まれた威容が印象的だ。
その幅広の形状だけで、どんな戦い方を得意とするのかは判別できる。
あれは黒の騎士にさえ匹敵するかもしれない強力な壁、いわば盾だ。
盾に走った亀裂は燃え盛るように輝きを持ち、装着している腕までも炭のように黒く変質させている。
能力を暴走しないようにギリギリまで押し止めた故に獲得した堅牢な守護だ。
「来いよ。約束通り俺は動かない」
口調からは氷のような冷たさ以外にも鋼の意志を感じる。
やや身を沈めた構えにその場の全員が一瞬怯むが、その隙を男は微塵も活かそうとしなかった。
本当に防御に徹して、この人数相手に凌げる自信があるらしい。
だが、膠着状態に堪え切れなかったのはレギオン・レイドの方だった。
「ふざけんじゃねえッ!!」
五人ばかりの人員が一斉に男に襲い掛かる。
その動きは変異者だけあって、並みの人間よりも遥かに速い五人と燐花を同時に捌くのは骨が折れるはずだ。
「・・・・・・無駄だぜ」
バチンと纏めて五人が吹き飛び、同時に放った燐花の一撃さえも弾き返される。
ただの盾というだけでなく、全方位を守るフィールド状の能力を展開したことで更に男の防御力は向上した。
盾に弾かれたメンバーは特に大怪我を負ったわけでもなく、よろめきながら再度戦線に復帰していた。
あのフィールドに強い勢いでぶつかればぶつかる程、自身の勢いが衝撃として己に返る仕組みらしい。
果たしてここを突破できるのかと燐花は必死で考えを巡らせる。
少なくともここで燐花が一発の隙が大きい狙撃を行っても道は開けないのはここまでの戦闘で理解したつもりだ。
楓人から聞いている恵の能力を総合すると、ここには一点突破を望める火力を容易に出せる変異者はいない。
勝つとすれば、手数を活かして隙を突くのが一番リスクがない方法だ。
「———ホークアリア、
燐花は相性が最悪の狙撃形態を放棄する。
風が渦巻いて大型の銃が掻き消え、次の瞬間には燐花の両手に同じく深緑の銃身、羽のごとき白銀の装飾を持つ銃が握られていた。
燐花の遠距離における万能性はエンプレス・ロア内でも群を抜いている。
敵の視界の外から攻撃を仕掛けられる
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