第58話:半獣
その頃、この戦場では楓人を含めて三箇所で異変が起こっていた。
内一つは先程の爆風で外へと飛ばされた渡だった。
「ちっ、どうやら烏間に嵌められたってことらしいな」
しかし、微塵も焦りがないのは渡と黒の騎士はこの状況を当然ながら想定していたからだ。
戦力も連れてきているし、配分も動き方も事前に練ってある故に渡はそれ以外のことに思考を巡らせていた。
あの渡達を狙ってきた紅の輝きが頭の片隅から離れない。
渡も六年前の大災害には居合わせたし、失ったものだってある。
だから、あの日に見た空が紅の光で埋まったような光景を思い出すのも考え過ぎなのかもしれない。
色々なものを失って、様々なことを考えた。
このままでは超常の者が人間を殺し続ける世界になりかねないことも知った。
だから、考え続けて結論を出した。
誰かがこの世界を安定させる組織を創らねばならないが、そこには異物たる快楽殺人者は不要。
理性を持つ人間だけで法のある世界を創り、必要のないものは排除する。
救いようのないクズはどこまで行ってもクズで、人はなるようにしかならない。
そこには渡が歩み続けた道から得た教訓があり、六年前の爪痕は渡を動かした。
「・・・・・・思い出してる場合でもねぇか」
自嘲の笑みを浮かべて、思い出しかけた過去か目の前に意識を戻す。
なぜ烏間が渡達を分断したかを考えれば気を抜くわけにもいかない。
烏間は黒の騎士の方が自分と戦うならば相性がいいと踏んだ。
つまり渡に手を出されるのは困るはずで、足止めの人員を置いているはずだ。
そして、踏み出しかけた足を渡は止めて周囲の気配を探る。
「・・・・・・何だ、テメーは?」
それを渡は人間として認識することすら拒もうとする。
完全に晴れた煙の中には一つの影が佇んでいた。
面状の鋼が顔を覆い、そこから見える口元には牙に近い形状の歯が並んでいるのが見える。
両腕には赤銅色で一般的な腕の培はあろうかという装甲が具現化していた。
腕が通常の倍あるわけではないが、変異者と言えど異常なまでの重量であろう
肩に見える筋肉は明らかに不自然な程に隆起しており、皮膚もやや赤黒い。
人の形をしているものの、その目にも理性は感じられず獣と言っても問題はない。
恐らく、これは烏間の実験に利用された人間の末路だ。
「・・・・・・こんな奴を創るのがお前の平和とやらか」
渡の鋭い目線が目の前の半獣の男を射貫く。
この男を捉えれて管理局に調査させれば情報が手に入るかもしれない。
恐らくは理性を崩壊させ、死の危険さえも無視して限界まで能力を使わせたのだと推察できる。
変異者の力は未だに解明されず、人間が扱うにはそれなりの危険性が伴う。
能力の使い過ぎで目の前の男を遥かに超える異形になると言われたとしても否定はできない。
だが、少なくとも目の前の男が変異者としての能力の壁を越えさせられた存在であることは理解した。
それならば―――
前触れもなく男の体が跳ねて、渡に向かって疾駆した。
「ちっ・・・・・・」
警戒はしていたが、初見で回避できたのは渡の持つ鋭い勘によるものだ。
溜めの少ない初動に凄まじい速力、何よりも驚異的なのはただの一撃で生み出される破壊力。
渡が先程までいた場所の地面は大きく円状に凹み、周囲が揺れたかと錯覚するほどの衝撃が伝わってきた。
「烏間に利用されてもまだ従うとはな。それで満足か?」
渡が質問を投げかけたのは恐れたわけではない。
相手に人として会話をする最低限の意志があるのかを確認する、いわば最終通告でもあったのだ。
それに男は獣のごとき咆哮を以って応えた。
「・・・・・・そうかよ」
渡がため息を溢した瞬間に再び半獣の男は強襲を敢行した。
空間を抉り取るような一撃を躱し、捌くことも諦めて回避に全てを注ぐ。
渡の身体能力は変異者の中でも卓越しているが、それでも簡単に回避をさせてくれる程に男の暴力は甘くない。
次の一撃は背にしていた壁を粉々に破壊し、瓦礫が周囲へと飛散する。
ただ無造作に振るった一撃でさえ強大な破壊力を持つが、果たして
渡が危惧しているのはその一点のみだった。
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