第57話:開戦

「そうか、残念だ。理由を聞いてもいいかな?」


「仮にお前の言う情報が全て本当だとしてやる。だが、無駄な犠牲を散々出して、その結果がお前が殺人を管理するくだらねえ世界かよ。小せえんだよ、お前」


 渡は再び吐き捨てると烏間の計画を明確に否定した。


 計画では殺人の管理をするのが烏間が担う以上、結局の生殺与奪を握るのは今までにも増して発言力を得た烏間でしかない。

 やろうと思えば好きな人間を死に追いやれる上に、犠牲を厭わぬ男の管理で平和が訪れるはずがない。渡の意見にはそんな考えが根本にはあるのだろう。


「現実的と言ってくれよ。俺の計画は最終的には必ず平和になるさ」


「なる可能性もあるかもな。だがな、お前と組むのだけは有り得ねえな。お前自身が殺人がなくなったら面白くねえだけだろうがッ!!」


 渡は烏間を睨み据えると、今度こそ話は終わりと言わんばかりに身構えた。


 楓人も槍を具現化して、いつでも交戦できる態勢を整える。

 平和を語りながらも殺人の刺激を恐らくは望んでいる、そんな人間を信じて共に行くことはできない。


「渡、お前以外と熱い奴だったんだな」


「はっ、単に俺にも気に入るやり方と気に入らねえやり方があんだよ」


「だけど、俺は嫌いじゃないぜ。おかげで俺はもちろんだが、お前を生きて返す覚悟は決まった」


「要るか。お前も精々、手を組んでる内はお守りしてやるよ」


 互いに軽口を叩きながらも間に流れるのは奇妙な信頼感だった。

 コミュニティー同士の譲れないものはあるものの、根底にある考え方は似通っていると互いに認識したからだ。


「そうか、戦いになるか・・・・・・残念だ」


 烏間は悲痛な面持ちになると、そう告げる。



「———まあ、こうなると思っていたけどな」



 烏間の口から歪んだ笑みと言葉が零れた時だった。



 工場の屋根が轟音と共に崩れ落ちる。


 そして、見えたのはまるで流星のような紅の輝き。


 それは狙いすましたかのように渡と楓人に着弾した。


「ぐっ・・・・・・!!」


 発生した爆風を前に楓人も真横に跳んで激しい衝撃を避ける。

 工場内に蔓延していた埃を舞い上げて、視界がしばしの間だけ塞がれる。


 それが晴れた時、目の前には具現器アバターを準備した烏間が立っていた。


 紫の輝きを放つ両腕の肩から装着された装甲、口元にもマスク状の薄い鋼が装着されている。

 そして、両腕の手首からは禍々しくうねる刃が各一本ずつ生えていた。


「どうやら、俺達を招いたのは罠だったみたいだな」


「俺は真面目に話したつもりさ。二対一で堂々と話をするなら、備えをするのが当たり前だろう」


「話がどっちに転んでも襲ってきただろ、お前」


「・・・・・・さあ、どうだろうな」


 恐らく烏間は最初からこうなることを予期して準備をさせた。

 話にやけに時間をかけていたことも考えると、どうにも話が胡散臭い。

 周囲を確認しても渡の姿は見えないが、あの威力と言えど直撃ではなかったので渡が死んだとは思えない。


 付近の入口の破壊跡から見て何者かと外で交戦しているようだ。


「いくら俺でも二人相手は厳しい。どちらか選ぶなら黒の騎士だ。俺なりに君の情報は集めている。手の内は知っているつもりだ」


「研究熱心で何よりだな。いつから俺を見張ってたんだ?」


「この際だ、もう一つ情報をあげるよ。以前に君が追った獣を操っていた変異者ね。あれは元はレギオン・レイドの人間だけど、マッド・ハッカーのメンバーでもあったのさ」


「・・・・・・何?」


 こうまでコミュニティーや黒の騎士の詳細な情報が渡っていたのは、獣の使い手自身がレギオン・レイドを裏切って情報を烏間に流していたからか。

 あの男が急に大胆な犯行に至ったのもマッド・ハッカーという後ろ盾を得たからと考えられる。


 いや、それどころか―――


「お前があの男に殺人を指示したのか?」


「失礼だな、俺は平和を愛する男だよ。ただ好きにやらせただけだ、能力を暴走させた変異者がどうなるか興味があってね」


 つまり、殺人を容認して煽ったのもこの男ということで間違いない。


 骨の髄までがそういう人間なのだと理解してしまったから、もう一切の容赦はいらないだろうと決意する。


「そうか、話は終わりだ。お前を潰す」


“私もあの人のこと嫌い。全力でいこっ!!”


 内心でカンナも憤慨しているようで、珍しく相手への敵意を前面に出す。

 それに小さく首肯して最悪の場合は殺す覚悟さえ固めた。

 この男は更生など期待できないほどの巨悪で、生かしておけば必ず波紋を呼ぶ。


 そして、紫と黒の装甲は最初の激突を開始した。

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