第56話:マッド・ハッカーⅣ

「その通りだ。変異者を減少させることで管理の手が行き届く。マッド・ハッカーはその一歩目だよ。快楽殺人者同士が殺し合えば残るのは強靭な精神で能力を抑える変異者だけだ。結果的に平和を手にするのさ」


「その快楽殺人者が出す犠牲は換算に入れていないのか?」


「一時の平和と殺戮を繰り返すよりはマシさ。多くの犠牲が出るから人々は思うんだ。“ああ、もう犠牲のない世界にしなきゃいけない”ってさ。人は大きな失敗の記憶で過ちを反省できる生き物だから」


「それで俺達が全員死んでも止む無しってか?随分な理想じゃねえかよ」


「その時は全員死ぬしかないさ。自身さえ制御さえ出来なかった愚か者しかいなかったというだけの話だ」


「・・・・・・狂っていやがるな、烏間」


 楓人や渡の質問に対して淀みなく自身の理想を烏間は語り、渡はついにその返答を聞いて吐き捨てた。

 過去に起こった戦争も大きな犠牲を支払ったからこそ、平和で解決する方向性で表の世界は進んでいる。

 逆に言えば人間はそこに至るまで戦争根絶に踏み込むことは出来なかったのだから、理論的には完全な間違いだと言うことはできない。


 マッド・ハッカーも恐らくは変異者同士の殺戮を起こす為に作られた組織だ。


 同時に資金調達を行う為の意味もあるだろう。

 だが、合理的であろうとそのやり方を絶対に認められないのは明白だった。

 合理的なだけでは人々は動かない。


「さて、前置きが長くなってしまったが・・・・・・俺は役割を分担しようと考える」


「分担・・・・・・だと?」


 既に渡の声には嫌悪が滲み出ているが、それを無視して烏間は続けた。


「それぞれが得意な分野で働けばいいだけのことだ。例えば、マッド・ハッカーは殺し合いの管理をする。変異者の数をクズから順に適度に減らす。軽犯罪者やその他の者を統べるのはエンプレス・ロアがやればいい。そして、君の言う道理あるいは法を整えるのはレギオン・レイドに任せよう。これで、合理的かつ犯罪を起こさない者には平和な世界が出来る。どうかな?」


 烏丸の言うことはあまりに合理的に過ぎる。

 その過程にある犠牲や人の心を無視した計画は楓人達が力を貸すにはあまりにも人の道を外れている。

 一見すれば、烏間の計画は罪のない人間は庇護される計画に見える。

 だが、その体勢を構築するまでに出ている犠牲を度外視しているのだ。


 そんなものは楓人の創るべき世界でもなく、人々を救える未来のない道だ。


「君達が力を貸してくれるなら、情報を渡そう。大災害にも繋がる情報だ」


「何だと・・・・・・?」


 雰囲気は既に一触即発もいい所、交渉が決裂するのが秒読みだった段階で烏間は牽制するように口を開く。

 その一言でわずかに戦いになる空気が弛緩した。

 大災害に関しては誰も知ることのない情報だと思っていたが、それは楓人にとっても大きく関わりのある事情だ。


「そうだな、今言えるのは・・・・・・このままだと君達の計画では途方もない犠牲が出る。あの大災害の元凶となった変異者は三つのコミュニティーの力を結集しなければ絶対に殺せない」


 ―――わずかな間だけ、烏間が何を言っているのかが理解できなかった。


 だが、すぐに遅れて感情の波は押し寄せて来た。


「・・・・・・お前、知ってるのか?その変異者を・・・・・・ッ!!」


 目の前が揺れる程の怒りで楓人は口を開く。


 あの全てを奪って、街を焼いた元凶を楓人は遠くから姿は見た。

 だが、所詮は炎の中だったのではっきりと視認したわけではないのだ。


「どこの誰かは知らないさ。だが、あの日に被害にあった連中から情報を集めた。その結果、恐らく大災害の火災を招いたのは一人の変異者だ」


 能力の種類が一つだったということなのかはわからないが、烏間が今は嘘を言っているようには思えない。

 この場で大災害の嘘を吐いても何の得もないからだ。


 必死で深呼吸をして、楓人は冷静さを取り戻す。


「・・・・・・・・・」


 渡は無言を貫いたが、それは心なしか怒りを堪えているように見えた。


「そして、俺が持っている情報はこんなものじゃない。きっと俺の計画に乗れば犠牲は半分以下で済む可能性が高い。大災害を招くか、一時の犠牲を乗り越えて本当の平和を手に入れるか。さあ、選んでくれ」


 両手を広げて、ここまで話し続けた烏間は次は二人の返答を沈黙して待った。


 楓人の答えはもちろん決まっているが、渡の返答がどうかはわからない。

 恐らくは普通に計画を提案すれば断られる可能性が高いことは烏間もわかっているだろう。


 だからこそ、犠牲が多く出た大災害の話を完璧なタイミングで振ってきた。


 烏間が出す犠牲など、再び大災害を起こす程の力を持った変異者の出す犠牲に比べれば微々たるものだと思わせる為に。

 だが、本当のあの火災が一人によるものだとすれば黒の騎士であろうとほぼ勝ち目はない相手になる。


 不本意な方法ではあるが、その為に取れる方法は一つだけあるのだ。


 だが、それを実現させるには渡の協力も必要だ。



「悪りいが・・・・・・お前の持論は論外だ」


 渡は烏間を睨み据えると獣が唸るが如き、底冷えのする声で答えを出した。

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