第55話:マッド・ハッカーⅢ

「確かにそうだけど、お前なら知っているとでも言いたそうだな」


「全部ではないが少しは知っているさ。まず、俺達の存在に関する疑問は多い。例えば、そもそも変異者や具現器アバターとは何だ?なぜ六年前の大災害以来、変異者の数は増えた?なぜ、我々は蒼葉市から離れると力が衰えるのか?それらは一度は考えたはずだ」


 烏間の言う通り、色々な疑問は存在している。


 あの大災害の原因についてもそうだ。

 誰があの事件に関わっているのか、烏間の言葉にもあったようになぜ変異者の増加を招いたのか。解明できていないことが変異者に関しては多すぎる。

科学的な解明が出来なくとも、絶対に原因はどこかに存在しているはずなのだ。


「それを全て解明は出来ていないにも関わらずだ。変異者の能力は次第にあることが当たり前のように刷り込まれ、慣れるにつれて変異者達は原因を追究しなくなった。不思議な力、その一言で片付けてね」


 思ったよりも落ち着いた様子で、噛み砕いて説明を続ける烏間。


 殺人ギルドのリーダーだけあって、どれだけ凶暴な人間が出て来るのかと思えば理知的な様子さえ感じさせる。

 胸元のネックレスを手のひらで遊ばせながら、烏間は二人の反応を確認する。


「まどろっこしい奴だ。俺達に要求があるなら先に話せ。それとも時間稼ぎでもしてやがるのか?」


「君達との交渉の条件には関わってくる話なんだが・・・・・・まあ、構わないさ。先に俺が一人で君達と話をしたいと考えた目的から話すとしよう」


 妙な様子があれば容赦はしない、と渡の鋭い視線が烏間を射貫く。


 普段はあまり他人を威嚇しないイメージの渡がこうまで威圧しにかかるということは楓人同様、目の前の男に何か危険なものを感じたのだろう。

 確かに話があるなら先を急がせるのが確実だ。


「そうだな、簡単に話をしよう。俺は君達と手を組みたいと思っているのさ。もちろん、一時的な休戦じゃない。ほぼ永続的な同盟だ」


「・・・・・・同盟だと?」


 渡が初めて戸惑いらしきものを声色に浮かべたのは初めて聞いた。


 ここにいる楓人と渡による同盟と烏間は絶対に分かり合うことができない前提だったからだ。

 意味のない殺人、大量殺人を引き起こすギルドを倒すべきだと判断したからエンプレス・ロアとレギオン・レイドは手を組んだ。

 渡は自分の作る強大な組織の為、楓人は変異者の世界の平和の為と理由は異なれど、マッド・ハッカーの在り方はどちらも許容できない。


 だが、烏間は休戦でさえ締結不可能なのに永続的な同盟を申し込んできた。


 その言葉の裏には何か大きな計画があるに違いなかった。


「前提として、少し世界平和の話をしようぜ。そこから話すのが分かりやすいだろうからな」


 そんな前置きと共に烏間は話を継続した。


 殺人を是とするチームの長が世界平和について語ろうとは馬鹿らしいにも程があるが、烏間には烏間なりの展望はあるようだった。


「変異者全体の平和と法の整備と司法の設立。エンプレス・ロアは簡単に言えばそういう方針だ。逆にレギオン・レイドは一つの強大なコミュニティーを創る。その中で法を整備し、組織に参加せずに変異者の力を私欲で振るう者には粛清を行う。そんな主義だったかな」


 それは概ね正しかったので、楓人も渡も特に反論はせずに烏間の演説を見守ることにした。

 そこから来るのは否定か、肯定か。


 警戒をさせるのもこの男からはとにかく思考が読めないのも一つの原因だ。


「対して俺はこう考える。変異者の力は既に本能の域に達している。ならば君達の言うように、本当に本能を抑え続けて生きていけると思うか?誰も殺さずに、力を振るわずに争いなく全員が徹底できるか?」


 烏間の口調は淡々としており、特に楓人を責める口調でもない。

 しかし、それは楓人自身も向き合っている苦悩の正体でもあって、烏間は的確にそこを突いてきた。

 だが、それに対する答えは考えているものの、ここで論舌戦を交わすことに大きな意味があるとも思えなかった。


 話し合いで相手の主張を受け入れるぐらいなら、マッド・ハッカーなどという組織は生まれていないのだから。


 しかし、それを烏間にぶつけるべきかを思考する時間に渡が口を開いていた。


「完全にっつー話じゃねえ。いつだって従わない奴等は出る。だが、俺達みたいな化け物が存在してるからこそ基準になる規律や当たり前の道理がいるんだろうが。俺達が無駄に喰い合うことに意味はねえ。お前のやってることにはその道理がねえんだよ、烏間」


 渡の返答にはレギオン・レイドというチームの在り方がはっきりと表れていた。


 渡は楓人と違って、排除するべき人間は排除する非情さも持ち合わせている。

 だが、共通するのは快楽やくだらない理由で罪のない変異者を殺害することに意味はない。

 本能で殺すのは獣であって人間のするべきことじゃない。


 その一点に合意したからこそ、二人はこうして肩を並べて立っている。


「見解の相違だ。俺は本能を無理に抑え付けはしない。だが、全て好きにやらせていては俺達の世界なんて簡単に崩壊する。だから、殺人は全て俺達が管理し、一般人への殺害は制限する。そして、最終的には変異者同士が喰い合うことで全体数を減らすんだ」


「全てを管理し切るには俺達の数が多すぎるってことか?」


 楓人が聞き返した言葉に烏間は満足げに頷いた。

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