第54話:マッド・ハッカーⅡ


『まあ、いい。とにかく、踏み込むのは明日だ。準備はしておけ』


「ああ、明日は烏間を殺すのは話をしてからだ。それは譲れない」


『はっ、甘い奴だ・・・・・・と言いたいところだが、奴には聞きてぇことが山ほどある。従ってやるよ』


 情報を引き出す目的も無論あったが、烏間がどんな人間かを見極めるまでは強硬策は控えたかった。

 一人の犠牲もなく戦いを制するのは難しいかもしれないが、命を奪う覚悟を決めるにはあまりに早い。



 そして、渡との通話は切れた。



「明日、ですか・・・・・・。急ですが可能な限り人員は集めましょう」


 怜司も会話の内容を察したように息を吐く。

 相手は殺人ギルドを呼称する集団だ、メンバーの配置は非常に重要だ。


「怜司、お前にはレギオン・レイドと合流して欲しい。恐らくお前にしか務まらない役目だ。カンナは俺と来い」


「わかりました。確かに私が適任でしょう」


「うん、任せてっ!!」


 レギオン・レイドと合流しつつ味方にも気を配るのは非常に要求値が高い。

 最悪の場合はレギオン・レイドを巻き込んで的確な指示を出さねばならない。

 高い戦闘力と周りを見て結論を下す判断力を備えた人材と言えば参謀の怜司しかいない。

 明璃も両方を兼ね備えたメンバーではあるが、彼女は変異者としての経験がまだ浅い所はあるので今回はやや後方に回す。


 その後、怜司とも配置の相談を行うと本日はもう眠ることにした。




 そして、翌日の夕方。



 渡と約束した時間、楓人はアスタロトを纏った状態で目的地へと立っていた。

 夜になって周囲が暗くなれば、闇に紛れて逃げられる可能性も高いと考えて早めの時間を選んだのだ。


 烏間達が潜伏しているのは今は使われていない廃工場のようだった。


 周囲にも作業場らしき小屋が幾つか立ち並んでおり、エンプレス・ロアとレギオン・レイドのメンバーは少し離れた茂みや小屋の陰に少数ずつ潜んだ。


「さて、そろそろ行くか・・・・・・」


 時間になるのを確認した楓人は襲撃を念の為に警戒し、裏手の草むらを抜けて廃工場の裏口まで辿り着く。

周囲にぼうぼうに伸びた草が胸まで伸びており、一層に夜の工場を不気味なものに見せている。


 その先には、もう一つの影が立っている。


 わずかに銀色のメッシュが入った髪が目立つ長身の男だが、口には布を巻いていたりと顔をそのまま晒す気はなさそうだ。

 どこか獰猛な獣を思わせつつ、理知的な光を秘めた瞳が強く記憶に残る。

 電話越しに話をしていた印象そのままで、直感的にこの男が渡本人で間違いないと確信した。


「はっ、時間通りだな。感心なことだ」


 その声からも渡本人であることは疑いようがなく、声を聞かせる為に軽口を叩いた気の回し方も大したものだ。

 この襲撃の前に渡が危惧していたことがあり、その可能性を考えると慎重な突入が必要となる。


 もしかしたら、渡自身が来るように誘導されているかもしれない。


 そうだとしたら相手もかなりの準備をして待ち構えているはずだ。


「・・・・・・行くぜ」


「ああ、俺が先に行く」


 防御力を考えれば楓人が先に行くべきだと考え、強行突破を試みる。


 蹴りで工場の扉を蹴破って内部へと身を躍らせる。


 内部にはマッド・ハッカーのメンバーが多く待機しているだろうと予想していたが、実際の光景は全く違っていた。

 飛び込むなり攻撃を仕掛けられる覚悟で突入したが、何も妨害は来なかった。



「待っていたよ、黒の騎士。そして、レギオン・レイドのリーダー」


 掛かったのは予想外に敵意が感じられない声だ。


 中に置いてあるソファーには一人の男が腰かけており、悠々と二人を出迎えた。

 烏間本人だと信じるならばだが、特に顔を何も隠してはいないので容貌もしっかりと把握できた。

 くすんだ金髪にまだ年齢的には二十そこそこであろう男で、その辺の道を歩いていても違和感のない程度には普通の容姿だ。


 どちらかと言えば整った顔立ちではあるが、口元に張り付けた冷たさを感じさせる笑みが警戒心を植え付けてくる。


「待っていた、だと?」


 渡が怪訝そうな声を上げ、烏間は一つ頷くと楓人に視線を注ぐ。

 一人だけ既に具現器アバターを発現している故に警戒されるのは仕方がなかったが、それ以外にも意味のありそうな目線だった。


「話し合いがしたい。その為の礼儀として、顔を晒しているつもりだ。レギオン・レイドで俺の顔は調べがついているはずだ」


 渡を一瞥すると首肯を以て返されたので、どうやら烏間自身が出てきたのは間違いなさそうだ。

 それなら理由は一つ、確実に話し合いに持ち込む為にリスクを冒したのだろう。

 今の段階では戦いになるのは避けたいということだ。

 烏丸が座っていて、二人があえて立った状態なのも状況的にはいつでも殺せると思わせる為に違いなかった。


 戦闘の意志が一旦、二人から失われたのを察したのだろう、烏間は口を開く。


「一つ、君達に聞きたい。君達は自分自身をどこまで理解している?」


 烏間の口から放たれたのは予想外の言葉だった。


「変異者とは何かって話でいいのか?」


「その通り。この我々が生きる世界には不可解なことが多すぎる、そうは思わないか?」


 聞き返した楓人に対して再度質問を重ねて来る。

 この調子であれば思わぬ情報を得られる可能性もあるので、楓人は周囲を警戒しながらも烏間の話を耳を傾けた。


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