第53話:マッド・ハッカー


「・・・・・・俺だ、何か用か?」


 今までの日常を楽しんでいた自分からスイッチを切り替える。

 ここからはわずかな油断も許されない世界で、渡も完全に味方になったわけではないのだから。


『ああ。マッド・ハッカーのリーダー、烏間謙也からすま けんやについて調べた。潜伏場所は完全に掴んだ、というより泳がされた気もするがな』


「・・・・・・その烏間がわざと情報収集を見逃したってのか?」


『そこまでは断言できねぇが、そのつもりで挑んだ方が良さそうだ』


 マッド・ハッカーのリーダーは今までは正体は明確に知れておらず、居場所も転々としているので尻尾を掴ませない警戒心を見せていた。

 それがここに来て素性ばかりか潜伏場所も知れるのは、レギオン・レイドがいかに情報収集に長けているとしても不自然さは拭えない。

 傘下のコミュニティーを纏める観賀山彗みがやま すいを動かして渡達のサポートには回らせていたが、人数による効率の向上を計算に入れても妙だ。


『それで・・・・・・だ。エンプレス・ロアも動いて貰うが、お前も俺達に対する信頼は薄いだろう。だが、烏間と戦うなら今は潰し合ってる場合じゃねえのが解らんほど、お前も馬鹿じゃないはずだ』


「ああ、わかってる。こっちからは俺が出るし、襲撃してきた他の敵の相手はこちらで引き受ける。その代わり―――」


『ほう、話が早えーな。こっちも俺が出る上に十分な戦力も出す。それで対等ってことでいいな?』


 渡は頭がよく回る男で、今はお互いに牽制を行っている場合ではないと結論から最初に告げて来たのだ。

 最悪の可能性としてマッド・ハッカーと渡が手を組んでいる可能性も考慮しなければならないし、当日も人員を割いて見張りは立てる。

 だが、渡が出ることでリスクは対等となり、主力メンバーは全て殺人ギルドへの対抗策として使う見通しは立った。


 背後の敵に無駄に戦力を割いて勝てる程、甘い相手ではない予感はしている。


 相手は人殺しを躊躇わないばかりか、時に快楽にさえ変える異常者の集団だ。

 狂った依頼を受けて、己の欲望を実現する為に活動している魔性のギルド。


 そんな危険な相手を前にメンバーを危険に晒したくはない、と考えるのは楓人も渡も共通する点だった。


「それでいい。ただ、俺達が踏み込んでも烏間が留守じゃ意味がないぞ」


『当たり前だろうが。当然、見張りは付けるし恵にはお前らと協力して戦うように指示した。そっちも十分使える人員を選んでおけよ』


 渡は交渉に関してはしっかりと自分もリスクを背負いつつも要求をしてくる。

 その互いに発生する損益の計算と提示の度合いが絶妙なので、理不尽を押し付けられると感じることもなく話し合いが円滑に進む。

 恐らくはマッド・ハッカーのメンバー達を相手して貰うことになるが、自由に動けるように怜司を配備した上で燐花と明璃に出て貰う。


 怜司ならばいざという時の対応が出来るし、烏間が自ら襲撃して来ても戦力的に対抗できるはずだ。


「わかった。それなら場所と時間の詳細な打ち合わせをしておこう」


 渡と今後の作戦も含めて打ち合わせを行う。

 基本的には特別な作戦はなく、見張りの配置や合流ポイントと楓人達が踏み込むタイミングだけだ。


 細かい配置は怜司に臨機応変に対応して貰うのが一番いいだろう。


「そういえば、烏間の具現器アバターについての情報はなかったのか?」


『さっぱりだな。さすがに手の内は簡単には見せやがらねえ』


 以前にエンプレス・ロアがマッド・ハッカーの前身に当たる小さなコミュニティーを潰した時も烏間などという男はいなかった。

 だから、今回は相手の手の内が全くわからない状態での戦いになる。


 当然ではあるが変異者の戦いは慎重でなければならない。


 変異者は肉体の損傷に対する回復も早いが、千切れた腕が元通りに付くような都合のよいものではない。

 大きく損傷すれば死ぬし、瞬時に肉体が回復するわけでもないので傷付けば死にも近付く。


 何より、現状ではゲームで言う回復魔法を持つ具現器アバターは存在していないのだ。


 精々が傷の治りが早くなる治癒力の微加速程度で、その手の能力者はほぼ普通の人間と身体能力も変わらないので戦いには参加しない。

 そもそも気休め程度の治癒力加速が変異者同士での戦いで役立つケースも少ないので、あまり好まれない能力だ。


 回復というにはあまりに遅く、効果も体感でしかない程度。


 この世界には蘇生魔法も回復魔法も存在しない、死ねば終わりなのだ。


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