第40話:好条件
渡と名乗った男は話をしていても、頭が切れるのが伝わってくる。
素早く明瞭な回答に加えて、的確にこちらの意図を察する洞察力。
決断力もあり、話を押し付けるばかりではなく相手に考える時間を与える度量もあった。
人間は一方的に聞いた話はどうしても忘れやすくなるが、一度考える間を与えられるだけで記憶力は格段に上昇する。
少しだけ内容を整理させる間を設けた後に渡は口を開いた。
『俺から譲歩してやる。情報収集の際の人員はこちら側から出す。情報の出所も教えてやるから、管理局でも何でも裏を取らせろ』
「随分と気前がいいな。何か条件があるんだろ?」
『その代わりに条件は二つ。お前からも何人かで構わねえが人員を出して協力すること、この場で返答をすることだ』
これは渡にとっては大きな譲歩だろう。
エンプレス・ロアには直轄の動ける人員が多くないし、情報源もネットや人の噂が多くなりがちだ。
対してレギオン・レイドには使える人材が多いのでリアルな情報を仕入れやすいという特性がある。
この情報収集班が最も今回はリスクのある立場で、渡はそこを請け負う代わりに戦力を提供しろと言っているのだ。
エンプレス・ロアはレギオン・レイドを情報収集班として使える。
レギオン・レイドは楓人達を戦力として使える。
戦力を計算して計画を立てるからとはいえ、すぐに返答する点は好ましくなかったが互いに得をする箇所があり、まさに絶妙な交渉だと言えた。
「・・・・・・成程な」
そして、渡が与えた思考時間で楓人は今後の行動への思考を巡らせる。
渡と手を組む際の損得をもう一度だけ見つめ直すが、どの方向性で考えても結論は一つだった。
ここは即断即決が求められるので、一時的に自分の考えで判断を下す。
「わかった。マッド・ハッカーの件では手を組もう。ただ、どこまで歩み寄れるかはコミュニティーに一度だけ相談させてくれ」
渡は味方に付けておいて決して損をしない男だ。
加えて規模も判明しないので、エンプレス・ロアだけでは手こずる相手だろう。
別の情報網を持っている渡を使えれば行動の幅は大きく広がる。
レギオン・レイドは道理を知るコミュニティーだと噂は聞いていた。
印象を損なうのは向こうにもデメリットがあるので裏切りはしない。
『ただし、今のうちに言っておくぜ。この戦いの間はお前らの寝首をかかねえことは誓ってやる。だが、この戦いが終われば俺とお前は敵同士だ』
「ああ、それはわかってる」
あくまでも一時的な同盟関係だと釘を刺された。
そう確認をするということは戦いが終われば、敵になる可能性があるということになるだろう。
逆に言えば戦いが終わるまでは味方でいるという言葉の裏付けでもあるが。
『そうだな、あまり時間もねえ。二日やる、その間に結論を出せ』
「わかった。この番号でいいんだな?」
『ああ、それで構わん。後腐れのなよう相談しておくんだな』
それだけ言い残すと渡は通話を切断した。
携帯を下すと見守っていた怜司とカンナの視線が集中する。
「悪い、怜司。レギオン・レイドとは協力することにした。すぐに決めろって言うもんでな」
それほどの好条件だったのですか?」
マッド・ハッカーの件は電話の前に掻い摘んで話はしていた。
今回の通話の内容も補足を加えて説明し直す。
「ああ、調査は全てあちらで引き受けるし、情報源を渡すってさ。その代わりに俺達は必要な時には護衛に向かう必要がある」
「ふむ、元より私達は戦わざるを得ないでしょうし、好条件と言わざるを得ませんね。相手が殺人者集団ならば、一番の危険は情報収集でしょうからね」
怜司も同じ考えのようで、納得したように頷いた。
この条件で断れば二度と手を組めなくなるレベルの譲歩と言える。
「レギオン・レイド自体も評判は悪くない。手を組むメリットは大きいと思う」
「そうですね、以前より無駄な殺人は行わないコミュニティーという話は何となく聞いていましたから。我々と違って必要な殺人は厭わないようですがね」
「裏切られる心配は念の為にしておくけど、手を組むのは問題ないか?」
「ええ、聞いた限りでは問題ないでしょう。我々に足りないものを正確に把握している先方のリーダーの手腕も悪くない。味方にして損はないでしょう」
参謀の賛同も得られたことで一安心する。
判断は間違っていないとほぼ断言できるが、それでも怜司の意見は気になる。
実際に恵や渡と会話をしたわけではない怜司から、強い反対を受けないかを懸念していたのだ。
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