第39話:二人のリーダー
得られたものは確かだが、恐らくは連絡があるまでは何日かはかかるだろう。
レギオン・レイドはそれなりの規模を持つコミュニティーだと事前情報が入ってきており、結論を単独で決められる問題ではあるまい。
そんなことを考えてカフェまで帰り着いた時だった。
ケイに番号を渡した方の携帯が鳴り、咄嗟に発信先番号を確認する。
「・・・・・・えらく早いな」
「リーダー、出なくていいのですか?」
「レギオン・レイドのボスからだ。少し準備してからな」
一旦、出るのは控えて通話の録音の準備を整えた。
通話の記録を残すのは毎回のように行っていることで、人間の記憶などアテにならないこともあるからだ。
それに、後で通話内容を聞き直すと新たな手掛かりが見えて来ることもある。
改めて先程の番号を呼び出してコール音を鳴らす。
『・・・・・・よう、お前が黒の騎士か?』
ケイの声ではなく、男の声が電話の向こうからは聞こえて来た。
冷静で落ち着いた様子の割には、百戦錬磨にも似た重さと鋭利さを感じさせる。
声だけではわかる、リーダーと思わしき男は人の上に立つべくして生まれた器と自信を内側に秘めていた。
「ああ、そうだ。そっちはレギオン・レイドの頭ってことでいいんだよな?」
『
「前置きはなしでいい。殺人ギルドとやらを潰す為に俺達と手を組もうって話だろ。随分とご挨拶だったな」
ケイをけしかけて戦いを挑んできたことに対して皮肉を言う。
わざわざ戦いに付き合ったのだから、この程度の皮肉は許して欲しいものだ。
『はっきり言う。俺はお前の方針に全面的に賛成してるわけじゃねえ。それを踏まえて手を組む価値があるかを試した』
エンプレス・ロアに完全に賛同していないと言う辺りは、変に本音を隠してくるより好感が持てた。
元から別のコミュニティーとして活動している時点で多少なりとも方針は異なる。
この男は“最初から楓人達の下に付く気はない”と明言し、同時に対等な関係を維持すべく今も思考を回転させているのだ。
ここが勝負所、互いに優位に立とうと言葉の切っ先に意識を払う。
「連絡がきたってことは、合格ってことで良さそうだな」
『殺人ギルド、マッド・ハッカーは勢力を拡大している。手っ取り早く金を稼ぐには効率的なやり方だが・・・・・・端的に言うならば殺人を請け負う組織だ』
変異者の犯罪で厄介なのは、表の警察では凶器が絶対に特定できないことだ。
余程、間抜けな証拠を残さなければ足が着かない。
普通の人間は“人殺しが犯罪だ”と共通認識を持つが故に、憎んでいる人間がいても簡単には命を奪おうと思わない。
だが、もし証拠が挙がらない犯罪が可能だとしたらどうだろう。
増してやマッド・ハッカーのように代わりに請け負ってくれる組織があるとしたら、誰もが犯罪に手を染めないでいられるだろうか。
どうして人を殺してはいけないか、明確な軸を持つ人間は多くはない。
「俺達がそいつらを見過ごせないのは当然だが、レギオン・レイドが殺人ギルドを潰す理由はあるのか?どうにも納得できなくてな」
『ウチはコミュニティーの安定を求める組織だ。組織内の人間は庇護するし、従わない人間に興味はねえ。変異者全員を統べるよりも現実的だからな』
今の話の中で、二つのコミュニティーの持つ考えの違いが透けていた。
エンプレス・ロアは変異者全体の安定を求める。
犯罪者は独自に取り締まって極力更生を促し、普通に生きる者達の生活は可能な限り保障していた。
対して、レギオン・レイドは最初から良くも悪くも割り切っている。
独自の集団を形成し、最初から重犯罪者はコミュニティーに手を出さなければどうでもいいと切り捨てるのだ。
求めるのはレギオン・レイド内の安定のみ、平和に暮らしたいならコミュニティーに参加しろということだ。
所謂、救いようのないと判断した者は見捨てる代わりに純度の高い組織を作る。
「・・・・・・まあ、見解の相違ってヤツだな。お互いに無用な殺人はなしってことがわかればいいだろ」
『物分かりがいいな。そういうことだ』
色々と言いたいことはあるが、今は大切なのはそこではない。
渡を無理に説得しても大人しく従うとは思えないし、互いの議論を戦わせるのは今回の件が片付いてからだ。
今、行っているのは“手を組むメリットがあるか”という確認作業に過ぎない。
「俺もはっきり言うぞ。確かにマッド・ハッカーとやらは潰したい相手だ。でも、レギオン・レイドに裏切られない保証はないだろ?背中に敵を抱えて戦う余裕もないんでな」
特に挑発する口調でもなかったが、渡が腹を立てても仕方がない物言いだ。
それでも、ここだけは明確にしておくべき点だった。
『筋は通ってるな。お前は俺達に実力を示した上で、恵を殺さずに帰した。ウチからも譲歩するのが対等ってもんだ。俺がお前の立場でも同じことを言うだろう』
だが、渡は露骨に無礼な物言いにも特段腹を立てた様子もなく、むしろ愉快そうに笑ってそう答えた。
渡という男は道理が通っていれば、多少の不利益も飲み込む度量はあるようだ。
同時に相手に無償で条件を呑ませることだけが交渉ではない、と理解した上で連絡をしてきているのが伝わってくる。
何を考えているかは不明だが、少なくとも現段階では手を組む相手としては申し分のない対応だった。
「逆に俺達、エンプレス・ロアが裏切るとは思わないのか?」
『共闘したコミュニティーを裏切った噂が立たなければいいがな』
「ご名答、ウチはクリーン経営が売りだからな」
エンプレス・ロアは少なくとも犯罪者と戦う存在でなければならない。
相手が凶悪犯ならまだしも、同盟関係にあるコミュニティーを裏切ったなどと聞こえてくれば、賛同者さえも失う。
相手を裏切るという選択肢は、楓人達では取りようがないのだ。
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