第41話:嵐の前

「明日、全員に共有はしておきましょう。先方にも早めに返答するのが望ましいですからね」


「ああ、そうしよう」


 そして、一先ずはレギオン・レイドとの一時的な同盟は締結した。


 この同盟の意味は大きく、エンプレス・ロアと敵対する勢力に対しても大きな牽制となる前進だった。

 全てのコミュニティーを統べるか協力させる、そんな理想にも光が見えた。

 しかし、渡も無条件で仲間になるなんて甘い相手のはずがない。


 だから、楓人は内心で決意していた。



 ―――潰す気ならかかってこい、協力する気になるまで相手してやる。



 その頃、楓人の知らない場所で似た会話をしている男女があった。



「エンプレス・ロアのリーダーと話をしてみてどうでしたか?」


 そこにいる女性、黒の騎士と戦いを交えた松波恵まつなみ けいは幾分か肩の力を緩めた様子で男に訊ねる。

 先程までは考え事をしている様子だった渡だが、今は何事もなく缶コーヒーの中身を飲み干した。


「一見ガキ臭い話っぷりだが悪くない。手を組むってのを即断できるだけでもそれなりのもんだ。あの話はこっちが不利な条件だからな」


 普通なら話をしないだろう内容をあっさりと漏らす辺りからも、渡の恵に対する強い信頼が伺えた。

 二人はもう長い付き合いになり、年齢は恵が下だが優秀な部下だ。


「我々が不利益を被っても構わないのですか?」


「今はそれで構わねえ。マッド・ハッカーをは早急に潰す。ウチのコミュニティーにも被害が出てるからな」


 渡は自分のコミュニティーを守らなければならない。

 獣の群れの王が自らの群れを守る為に戦うように。

 その為には渡以外にもマッド・ハッカーのリーダーと思しき相手と十分に渡り合える戦力が必要だった。

 その男の情報はまだエンプレス・ロア側には渡していないが、先方からはっきりとした条件提示があればその時に渡す。


「それにしても、渡さんはエンプレス・ロアといずれ戦う方針は変わらないのですか?彼らと手を組んでも得られるものは大きいと思いますが」


 レギオン・レイド側が上手くエンプレス・ロアに譲歩させることに成功すれば関係を築ける可能性はなくはない。

 だが、確証もなしに歩み寄ればデメリットも大きい。


「悪くはねえさ。黒の騎士は予想以上に強いのは理解した。戦力としては申し分ないだろう」


 渡は恵の変異者としての力量を知っているだけに、完全に彼女が短時間で制圧されたのは予想外だった。

 周辺に備えも最低限はさせていたし、彼女を死地に送るつもりはなかった。

 だが、その予想を黒の騎士は遥かに超えた力量を存分に見せ付けて来た。


 その事実を確認して、渡は多少の不利益を背負ってもマッド・ハッカーを倒す為に手を組むべきだと判断した。


「・・・・・・それでは」


「だが、奴等に深入りすれば潰すに潰せなくなる。一度、仲間だと世間に認識されれば裏切ったと言われるのは俺達だ。今なら一時的な利害の一致でまだ通る」


「・・・・・・・・・」


 恵は続く渡の言葉を待った。

 渡の今の言葉にはエンプレス・ロアと長期的に手を組むべきではない理由が含まれていない。

 その先の言葉こそが重要だと判断し、疑問に思う点をあえて問いたださない。


「奴等の問題は管理局だ。管理局はエンプレス・ロアが変異者全てを対象にした方針を打ち出すからこそ全面的に力を貸している。つまりだ、悪く言やコミュニティーさえ良ければどうでもいい俺達とは合わねえだろ」


 レギオン・レイドは関わる必要がなければ、殺人だろうと時には見過ごす。

 エンプレス・ロアと違って必ずしも自分達で事件を解決する必要がどこにもなく、首を突っ込むことがリスクでしかなければ見捨てる判断ができる。


「それにウチの資金調達は正式な機関に見咎められればグレーどころじゃねえ。今のままじゃ一時的には良くても長く組めるわけがねえんだよ」


 コミュニティーの運営の為に全てを費やす渡。

 変異者の為に動き、管理局と組む黒の騎士。


 二人の方針は一部では共通するものの、見据える先が違う。


 裏賭博などの資金調達も管理局の手が入れば、一時は見逃されてもいずれは廃止される可能性は非常に高かった。

 今のままで同盟を結べば渡が作り上げた王国は近い将来に崩壊するしかない。


「・・・・・・そうですか」


「お前は随分と黒の騎士を買っているじゃねえか。俺も奴の力量を測り違えたのは間違いないからな。今は多少の譲歩もしてやるさ」


 いずれは潰す、と渡は獰猛な光を瞳に浮かべる。


 エンプレス・ロアは悪ではないが、コミュニティーに仇成す存在ですらも一度は更生させようとする姿勢は渡達にも影響が出る。

 だからこそ、両者の戦いは静かに迫っていた。

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