第32話:白銀の騎士-Ⅲ


 生き物のように周囲を巡る糸を一瞥して、楓人はこちらから飛び込むかを迷う。


 黒の騎士が攻めあぐねたことなど久しぶりのことで、大抵のことは防御力を頼みに踏み込むことが多い。

 だが、相手はこちらが早めに決着をつけたい心理を読んで動かない。

 勝ちたければそちらから踏み込んで来いと不動の構えを保つ。


「・・・・・・選択肢はない、か」


 頭の中で念じるように相棒へと声を飛ばす。

 ただ突っ込むだけでは万が一があるので、早めに備えはさせておく。


“行くぞ。少し防御にもリソースを割いてくれ”


“了解、気を付けてね。あの人・・・・・・強いよ”


“ああ、わかってる!!”


 そして、漆黒の影は臆することなく白銀の影を強襲した。

 地面を影が走り、黒槍の先端が容赦なく敵を貫かんと一筋の輝きを闇夜に残す。


 間違いなく、攻撃は敵を粉砕したはずだった。


 ――—そのはずだったのに。


「迂闊だな、黒の騎士」


 まるで槍の先端が溶けるように漆黒の風へと戻り始めていた。

 風を瞬時に制御を試みるが、普段と違って風が思うように動かずに再度の攻撃が仕掛けられない。


 刹那、白銀が闇夜に真っ直ぐで流麗な線を描く。


 その驚きの隙間に白銀の騎士は右手に生成した剣型兵装を振るってきた。


 反応が遅れて楓人の肩に刃が降ってくる。

 その刃を楓人は鋼の擦れる音を聞きながら腕を上げて弾き飛ばし、その間にも冷静に分析を続ける。


 お互いの攻撃が通じないとしたら、この勝負は長期戦にならざるを得ない。


 地面を蹴って小石が舞い上がり、楓人は疾駆する。

 何度か槍を振るい返すが、やはり白銀の防御壁に先端を霧散させられて打撃を与えるには至らない。

 あらゆる方向、タイミングの槍でさえも白銀の騎士の防御を突破できない。


 単純な破壊力では突破不可能な難攻不落の陣。


 だが、楓人は黙って槍を振るい続けたわけではなく、一見すると失敗に見えるように黒の槍が的外れな方向に放たれて地面を抉る。


「・・・・・・外したな、終わりだ」


「お前がな・・・・・・ッ!!」


 放たれた槍は地面の瓦礫を舞い上げ、それを漆黒の風が後押しして白銀の騎士へと叩き付ける。


「くっ・・・・・・!!」


 先程の突進で小石を舞い上げたのは偶然ではない。

 物理的な変異者の力を含まない物質が通るかを確かめた。

 これで仕留められないが集中力を削ぐことはできるはずと踏んだが予想通りでわずかに陣が乱れる。


 瞬間、楓人は右手にした槍を真上に放り投げた。


 何をしたのかと更に白銀の騎士の目線がそちらに向く。

 投げられた槍は風へと戻り、天空から暴風となって敵へと迫る。


 それさえも槍の状態よりは力が拮抗しているとはいえ突破には至らない。


 しかし、それこそが楓人の狙いだった。


「・・・・・・なっ!?」


 白銀の騎士が声を上げたのも無理はない。

 楓人は一瞬だけ上空に意識を取られた時間で肉薄し、強引に白銀の陣へと腕を突っこんだのだから。


 漆黒の風に装甲でさえも戻りかけるが、アスタロトの装甲は変異者の力に対して強力な耐性を誇る。


「・・・・・・こん、のォ!!」


 力任せに腕を更に突き出すと白銀の騎士の首を掴み、そのまま凄まじい力で地面へと引き倒す。

 さすがの難敵も陣を保てずに地面に叩き付けられ、苦悶の声を漏らす。

 楓人の全力で後頭部を叩き付けられれば内部への衝撃は計り知れない。


「・・・・・・・・・ッ!!」


 さすがにこの敵はただで倒れはしなかった。

 咄嗟に楓人の脇の装甲を蹴り飛ばし、その反動で拘束から脱出した。

 だが、楓人は隙を逃さない。


「———黒嵐戦型フォルムストーム出力解放バースト


 膨れ上がった爆発にも近い嵐が、白銀の騎士もろとも建物の壁を粉砕していた。


 出力解放の一言で黒の風は限られた時間だけ何倍もの力が発動する。

 それを常時保てる制御力が楓人にないこともあり、わずかな時間だけ使える切り札の一つだった。

 ここまでの破壊力を要する相手に出会ったのはここ最近でも思い当る記憶はほとんどない。


 だが、これを喰らって立っていられる敵は―——



「・・・・・・大した威力だ」



 ―――ここにいた。


 よろめきながらも、しっかりとした足取りで立つ周囲には白銀の糸が陣を構える。

 それは楓人が肉弾戦を挑めば攻略できる。


 だが、これが白銀の騎士の底ではないと楓人の勘が警鐘を鳴らす。


 そして、両者が再度の激突を開始した時だった。



 警戒はしていたつもりだった。



 不意に二人の激突が予測される位置を光と熱の塊が覆った。



 直前の動作から察するに、どちらも爆風など仕掛けていないはずだ。爆風から逃れながらも楓人は舌打ちする。


 恐れていた他コミュニティーの介入であろうことは明白だった。

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