第31話:白銀の騎士-Ⅱ
戦いたくはないが、戦うしかない。
二人の間で戦意の交換が行われ、楓人は右腕を真横に差し出すと中空を握る。
そこには漆黒の風が集結して、夜に溶ける黒槍の形を取る。
敵が間違いなく難敵であることは肌で察知していた。
「俺の呼んだ場所で戦う意味がわかっているか?」
「ああ、既にお前の仕込みは万全ってことだろ。それでも、受けて立つさ」
周囲からは糸が集結して楓人の全身に巻き付く。
人ならばとうに千切れている凄まじい力で全身を締め上げ、捩じり切ろうと糸にかかる力が強まる。
だが、その程度ではアスタロトの装甲は突破できない。
「・・・・・・はあッ!!」
全身を漆黒の風が渦を巻き、締め上げていた糸は跡形もなく千切れ飛んだ。
黒の騎士の最大の強みが防御だと踏んで、白銀の騎士は動きを止める方向で戦うことにしたのだろう。
しかし、それだけで無敗を誇る黒の騎士の伝説は生まれたわけではない。
「・・・・・・侮っていたか」
白銀の騎士は糸を集結させ、手元で長剣型の武装が顕現する。
能力の方向性は似ているらしいが、能力の幅と遠距離の攻撃手段は向こうの方が明確に上と見える。
つまり、この戦いは近距離を制すれば黒側が有利で、遠距離を保てば白側が有利という内容になると予測がついた。
槍を選択して突進する楓人を相手に、白銀の騎士は糸で蜘蛛の巣状の陣を中空に敷いて突進を妨げようと手を打つ。
“楓人、突っ込んで!!”
戦闘中はあまり声を発しないカンナの声が頭の中に響く。
そんなことは言われるまでもない。
「・・・・・・
槍を風に戻し、全身に纏って更に加速する。
変異者の強さとは能力の強さはもちろんだが、どう使えるかをどこまで把握できるかで完成度は大きく変わる。
楓人が持つ最大のアドバンテージは
故にアスタロトのほぼ全てを知り尽くしている。
風の応用で突っ込む黒の弾丸を前に防御陣などわずかな意味も成さない。
そして、陣を突破した瞬間に再び楓人の右手には槍型兵装が握られていた。
この切り替えの速度は徹底的に鍛錬したので呼吸のように行える。
「・・・・・・ちっ」
止むを得ずに迎え撃った白銀の騎士に槍の距離で打ち合う。
槍の柄で殴り、先端で切り払い、最大威力の突きを意識させて後ろへの回避を牽制する。
槍のリーチを活かして、戦いながらも漆黒の風を纏った槍が確実に白銀の騎士を追い詰めていく。
この距離で戦えば黒の騎士は無敵に近く、無理して踏み込んでも鉄壁の防御が待っている上に隙を見せれば槍に叩き伏せられる。
その圧力が最も効果的だと察するが故に楓人とカンナは最初の様子見の段階は槍を選ぶ。
遠距離武装の形状を持たないアスタロトにとっては適度な距離を保つ最適な武装だった。
だが、その最強の距離で白銀の騎士は未だに立っている。
劣勢は明らかだが、手にした武装を何度か砕かれても防御を間に合わせる。
ここまでまともに凌がれたのはそう記憶になく、時間を掛ければ敵側に有利に働くことは能力の性質上でわかっていた。
「少し、急がせて貰うぜ」
普段は相手の命を奪わないように、楓人の消耗も考えて威力を抑えてある。
アスタロトの能力の強さは漆黒の風の量に比例する。
それは所謂、楓人とカンナの消耗するエネルギーの量でもあるのだ。
その使用するエネルギー総量を意図的に引き上げる。
その為にはトリガーとして意識を切り替える言葉が必要だった。
「———
戦場に舞う漆黒の風が槍へと集結する。
だが、出力向上を解放すれば槍の攻撃に全ての力をつぎ込むことになる。
敵が何を企んでいようと一瞬で潰す、それが勝利への確実な道だった。
「・・・・・・噂に違わないといった所か。黒の騎士への過小評価が過ぎたな」
実際に刃を交えてみても身体能力や近接能力は楓人が勝っている。
加えて遠距離攻撃に乏しい分、防御力を盾にした接近性能は非常に高い。
このまま戦えば確実に楓人が勝つだろう。
「今ならまだ止められる。交渉の余地は残ってるつもりだぜ」
相手が交渉に応じるというなら、こんな意味のない戦いを続ける必要はない。
「少なくとも俺もそれなりの代償を払わなければ勝負にならんな」
白銀の騎士は憂鬱そうな息を漏らすと手にした剣型の兵装を手放した。
糸がふわりと中空を舞い、白銀の騎士の周りを螺旋を描く様は月の光の反射もあって、見惚れるような美しさがあった。
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