第30話:白銀の騎士
闇夜を漆黒の影が駆ける。
物陰を移動し、電柱を蹴り飛ばし、みるみる内に目的地へと迫っていく。
降り立ったのは指定された廃ビルの屋上、敵が待ち構えているかもしれない場所に正面から侵入する程に馬鹿正直ではない。
指定された階は二階だったはずと楓人は慎重に歩みを進めて行く。
いつ敵が出てもおかしくない中を階を降りていき、二階へと到達した。
その中央、一つの影が立っていた。
闇夜に照らされて白銀のシルエットが映える。
白銀の全身装甲は黒の騎士とやや印象が異なり、どちらかと言えば西洋の騎士をイメージさせる。
この手の全身を覆うタイプの具現器に楓人は初めて出会った。
本来なら交わらざる二人の騎士が月を背景に対峙する。
「お前が俺を呼び出したのか?」
声は仮面で反響して印象が変わると把握しているので、躊躇わずに声を掛ける。
周囲にきらりと糸が輝いているものの、特に先手を打って攻撃される気配は感じられなかった。
それでも、相手に攻撃される緊張感の中で楓人は臆せずに立っている。
「ああ、そうだ。最初に言っておくが、出来ればお前と戦いたくはない」
思ったよりもはっきりとした声が返ってくる。
言葉の端に滲む意志は鋼にも似ていて、相手が並みの変異者でないことは全身に走る緊迫感からも察する所だ。
「その割にはお前の張ってる糸が周囲に見えてるけどな」
「ただの保険だ、気にするな」
だが、その返事で目の前の白銀の騎士が糸を操っていたことがわかった。
つまり、こいつが鋼の狼を操っていた敵を殺した張本人だ。
「一応、聞いとくぞ。狼型の
現場に糸があったのは監視目的で、殺人犯が別にいる可能性もあった。
命のやり取りがゼロのままで戦い抜けると楓人も思っておらず、事情があるならば聞く余地はある。
出来れば戦いたくないのは楓人とて同じだった。
「説得に応じない殺人犯は殺すしかなかった。あそこまで暴走が進行した変異者は絶対に元には戻らない」
暴走とは変異者の中で力に溺れた末に辿り着いてしまう境地。
一時的に力は増幅するが、残されたのは麻薬のように能力を振るうことに溺れた中毒者の哀れな姿だ。
力の使い方を間違えると暴走に辿り着く可能性が出て来る。
人を過ぎた力には抜け出せない魔力があり、それに溺れる人間も少なくない。
「少なくとも快楽殺人者の類ではないってことか。それを俺に伝える為に呼んだのか?」
「噂の伝説に会っておきたくてな。俺をどうするかつもりか知りたかった」
「・・・・・・どうするか?」
「俺を逃がすか?嘘を吐いているかもしれないし、俺は今後も道を踏み外した犯罪者は殺す覚悟がある」
その迷いのない言葉に根本的な交渉の決裂を悟っても、理性ある相手と戦うのは避けたかったので交渉は継続してみる。
今、行われているのはお互いが解り合えるかという最終確認だ。
決裂すれば戦いになるのは明白で、だからこそ白銀の騎士は備えをした。
「ウチの方針は知ってるよな?それに従ってくれればお前とここで戦う理由もないんだけどな」
刺激しないように、やんわりと相手を諭しにかかる。
まだ全てを信じるわけにはいかないが、真っ直ぐで迷いのない男の言葉に嘘は感じなかった。
嘘を吐いて騙すにしては半端だし、最初から奇襲を仕掛けてきているだろう。
戦わずに道を同じくする可能性を相手に感じていたのは黒側も白側も同じだ。
「基本的に命は奪わずに更生を目指す・・・・・・だったか。俺は命を奪われる恐怖がなくして犯罪者の発生が止まるとは思えんし、管理局も信頼していない。俺は俺のやり方でやらせてもらう」
「それが早々に見切りをつけて命を奪うことか?殺すことを正当化すれば絶対に犯罪は止まらない。どこかで止めなきゃならないだろ」
―――両者の考え方は食い違っている。
命の恐怖なくして超人の巣食う街を救済できないと考える白銀の意志。
殺すことで裁けば、同種の殺人によって反発されると唱える漆黒の意志。
どちらにも一理はあり、どちらとも純粋な平和への願いを持つ。
「漆黒の騎士が俺と考えを同じくするようなら、手を組むことも考えていたんだがな」
ため息を吐くと交渉の決裂を言葉の端に匂わせる白銀の騎士。
「俺は手を組むのは歓迎するぜ。こちらの方針に従うならな」
「・・・・・・それは出来んな。お前の考えは理想論だ。理想で変異者の世界は動かない」
「理想を捨てた奴が理想を成就することはないって、うちの参謀に教えられたもんでな」
「・・・・・・そうか、それなら俺とお前は敵同士だ」
その宣言が引き金になり、その場を満たす空気が変化したのを感じ取る。
楓人側には犯罪者は容赦なく殺すと宣言する男を逃がす意味はなく、今後の混乱を招くことは想像に難くない。
白銀の騎士側からしても、黒の騎士は邪魔をしてくると感じただろう。
互いに抱く根本的な思想の違いからくる決裂が招くのは戦いの匂いだ。
邪魔ならば消すしかない、その為に楓人はここに呼ばれたのだ。
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