第29話:作戦開始



 明日は絶対に全員で帰って、事態も出来れば収めたい。



 ―――翌日の昼過ぎにメンバーは全員集まった。



「さて、書き込み主から住所が来てるから確認しようぜ」


 マップのアプリを開きながら楓人は全員に見えるように指定の場所を反映する。

 さすがに依頼人から来た合流場所は不特定多数が見られる掲示板ではなく、メッセージという形で来ていた。

 もしかすると本当に二人で会うつもりなのかもしれないが、別のコミュニティーに情報を流している可能性もあるので油断は禁物だ。


「それじゃ、地図を見ながら作戦の確認をするぞ。ただ、その前に伝えておく」


 基本的な作戦は変わらないが、一つだけ大きな変更がある。


「万が一にも戦闘になっても、俺が危なくなるまで手を出さなくていい。具現器アバターも出さないでくれ」


「えっ・・・・・・?あたし達が楓人のサポートするって話だったじゃない」


「そこが変更点なんだけど最初は様子を見てくれ。それが一番いいんだよ」


「楓人がやれって言うなら従うけど、理由を教えて。そうじゃなきゃ納得はできないわよ」


「リーダーは敵を炙り出そうとしているんですよ。それに具現器アバターを出せば、敵に探知がいた場合に拾われる可能性がありますからね」


 見かねた怜司が理由を説明してしまうが、本来は伏せておきたかった話だ。

 戦いの前に険悪な雰囲気のままになる可能性を考慮して、怜司は今の内に全てを共有しておくべきだと判断したのだろう。

 燐花と同じでなくとも似た性質の探知能力者は変異者の中には存在する。


 それなら、出来るだけ戦力を見せないままで戦況を進めたい。


「それってつまり、楓くんが全部の敵を引き受けるってこと?敵がたくさんいたら・・・・・・」


 そう、やはり真っ向から反対を喰らうのだ。

 普段は温厚な性格の明璃にも反対の意志が露骨に態度に出ているし、言いたいことは隠さない燐花も険しい目を向けて来る。

 素直に話しても納得させるのは骨が折れると思ったから黙っていたわけだが、メンバーには楓人が強いと知っていても傍観する事実を見過ごせない。


 それでも、これが最良だと何とか納得して貰おうと口を開く。


 従えと強行すれば全員従うと理解しても絶対にしない。


「俺は―――」


「楓人に私が着いてれば……絶対大丈夫だから!!」


 しかし、意外にも説得の言葉を遮ったのはカンナだった。


 普段は心優しく他人の意志を尊重するカンナだが、今回は揺るぎない意志を瞳に込めて全員に向けて熱を込めて告げる。

 カンナがアスタロトとして楓人と戦っていることは誰も知らない。


 彼女の正体が知れれば、コミュニティーの生命線を晒すことになる。


 どんなに漏れる可能性が低くても、漏れる可能性すら存在してはならない。

 コミュニティー内ではカンナは身体能力に優れ、楓人と似た能力を持つので優秀な楓人のサポート役ということになっている。

 今回は長年に渡って楓人を支えてきたカンナ故に言葉には説得力があった。


「・・・・・・はぁ、わかったわよ」


「カンナまでそう言うんじゃ、何言っても無駄そうだよね」


 燐花も明璃もついに観念したように肩を竦めた。

 普段はあまり強い言葉を使わないカンナの意志には、意外と心配性の二人も納得せざるを得ないようだった。

 

 その後、あらゆる場合に備えて対策を練り、詳細な作戦内容は全て決定した。


「怜司、傘下のコミュニティーに連絡を取って下調べを頼んでくれ」


 怜司は予定では直接的な戦闘には参加しない予定なので、今回に限っては情報収集は任せるのがいいだろう。


「わかりました。観賀山みがやまにも通達しておきましょう」


 傘下のコミュニティーを纏めているのは観賀山彗みがやま すいという男だ。

変異者としての力量や判断力と何をやらせても優秀な男で、多くの変異者を纏めている裏には彗の働きがあった。

 人数の少ないエンプレス・ロアがメンバー内の連携を取れるのは、彗というハブ訳が有能なお陰とも言えるわけだ。


「さて、大体はこんな所だな。全員無事に帰ってくるぞ」


 全員が首肯を以って、リーダーの楓人が告げた言葉に力強く応じる。

 後はいつものように戦って勝ってくるだけだ。


 かくして、エンプレス・ロアの戦いは幕を開ける。




 全員で配置に着く為に早めに移動を開始した。



 情報提供者が指定した場所はビル街から離れた郊外にある寂れた土地。


 地図で事前に調べてはいたが、実際に訪れると雰囲気はまた異なっている。

 傘下のメンバーの話では不審な点はないようだが、人目のない場所を選んでいる時点で決して油断できる状況ではない。

 面会場所は工事が停滞している廃ビルの中、ここならば敵が隠れようと思えば簡単に潜伏することも可能だろう。


「さて、そろそろ情報提供者とやらに会いに行くか」


 楓人は待ち合わせ場所の下見後に移動した公園の裏手で立ち上がる。

 あまり集合場所の近くで黒の騎士になって、万が一にも正体は楓人とカンナだと目撃されるのは避けたかった。


「今日もしっかり頼むぜ、相棒」


「うん、私と楓人が一緒に戦えば最強だよ」


 二人の拳がこつんとぶつかり、楓人は戦う為の呪文を口にする。



 ―――来い、アスタロト。



 言葉を終えた時には彼女は既に楓人の中に戻って力を発現している。


 そして、夜の闇に溶ける漆黒の騎士が立っていた。

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