第28話:リーダーのお仕事


「ね、ねえ、怜司。今日はいい天気ね」


 何と切り出したものか迷った末に燐花が切り出したのはベタベタの文句で、楓人はこの年になるまで、夜に天気を語られたことはない。

 不器用なのは解り切っていたものの、あまりにも切り出し方が下手だった。


「別に怒ったりしませんから、聞きたいことがあるのなら聞きますよ。普段は無遠慮な燐花らしくもない」


 この不自然な態度ではさすがに怜司でなくても意図には気付くだろうが、怜司の先回りはあまりに早かった。

 このままでは燐花が更に躊躇うと考えて催促した気遣いにも見えるように、日常会話でも彼の頭の回転の速さは各所に滲んでいる。

 燐花は質問を待つ怜司を前に何故か深呼吸を開始した。


「ちょ、ちょっと待って。何かあんたにこういうこと聞くの緊張するわ」


「明璃を送って行った時に何かあったのか、ということですか?」


「・・・・・・エスパーか、あんたは」


「超能力者という意味なら近いかもしれませんね」


「そういうボケを期待してるんじゃないわよ!!」


 誰にでもツッコミをこなす燐花の万能さはさておき、怜司がこういう気の抜けた発言をするようになったのは本当に喜ばしい。

 楓人と最初に出会った時の怜司は誰だろうと近付く者を拒絶するような雰囲気を纏っていたのだから。


「ま、まあ、それなら話が早いわ。明璃と何を話したのよ」


「ただの世間話ですよ。それと日曜日の閉店後に一緒に買い物に出かける約束をしました」


 どうやら明璃は彼女なりに頑張って、朴念仁な参謀相手に買い物の約束を取り付ける多大なる戦果を上げたようだ。

 その心意気に応えて余計なお世話にならない程度には、陰でアシストしてやるのがリーダーとしての仕事ではないか。

 ここはそれとなく明璃の恋を応援してやろうじゃないか、と決意した。


「ふーん、デート?いいと思う!!」


 カンナがぱあっと表情を輝かせて明璃の成功を自分のことのように喜ぶ。


「デート、なのですか?少なくとも、明璃はそのようなつもりはありませんよ」


「・・・・・・・・・」


 怜司を指さしたまま楓人の方を見る燐花、そのままの表情で固まるカンナ。

 それに対して、さもありなんと首肯する楓人。


「だから言っただろ。怜司はこういう所はダメだ」


 その頭の良さでなぜ察することが出来ないかと不思議に思うくらいに怜司は恋愛事に対しては判断能力がガタ落ちする。

 今まで、そういうことに巻き込まれたことがないのでそもそも思考ベクトルがそちらに行かないのだろう。

 二人とも怜司の論理的に理解できない謎の鈍さを舐め過ぎたのだ。


「怜司。お前は日曜日、しっかり明璃と遊んで来い。店は俺とカンナと燐花で何とかする」


「ねえ・・・・・・カンナ。あたし、何の前触れもなくバイトさせられるんだけど」


「あ、あはは・・・・・・。まあ、私も手伝うから」


 視界の端で燐花が何かを言っているが無視したが、予定があるなら後で聞こう。

 トイレで笑う女の原因になった際のペナルティということにしておこう。


「しかし、日曜日はそれなりに客も来る日ですから。私がいた方が・・・・・・」


「お前が行かないなら店を閉めるぞ。それでもいいのか?」


 明璃の恋の行方がかかっているので楓人は本気である。

 無論、明日はしっかりと働いて貰いたいが何があろうとデートには行って貰おうと人知れずにリーダーとして決意していた。


「何か脅し方がおかしいような・・・・・・」


「ほんと楓人ってこういう時ってガキよね」


「うるさいぞ、燐花。後でアメやるから大人しくしていなさい」


「楓人、あたしにだけ当たり強くない!?」


「そんなことないって。俺はお前のこと好きだぞ」


 燐花もだが、カンナも明璃も怜司のことも楓人は好きだ。

 このメンバーが好きだから出来る限り傷付けないように勝ちたいし、全てが終わっても縁は切りたくない。

 こういう時ははっきりと感謝を込めて気持ちを口にするべきだ。


「・・・・・・な、何よ、急に。前触れもなくキモいわね」


「んー?その割に顔が赤いぞ、燐花?」


「う、うっさい。言われ慣れてないだけ。それとそこ、羨ましそうな顔しない!!」


「・・・・・・し、してないよ!!ちょっとしか?」


 いきなり飛び火し、慌てて否定するが出来ていないカンナ。

 それはそうと話が脱線したので再び怜司の方を向く。


「いいか、とりあえずお前は明後日は休日だ。労働を禁じるからな」


「・・・・・・わかりました。それでは、明璃とゆっくり買い物に行くとします」


 肩を竦めてリーダーの言葉に大人しく従ってくれる怜司。

 怜司は楓人を居場所をくれた主人と言って従ってくれており、怜司からは手足の如く使えと言われている。

 過去に怜司にそう言われるきっかけとなる出来事はあったが、楓人はそこまでのことをしたと思っていない。


「それで燐花、明後日は予定あるならそっち優先していいぞ」


「急に正気に戻ったわね・・・・・・」


 何にせよ、明日さえ成功させれば明璃のデートは守られる。

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