第24話:書き込み

「まあ、色々と噂のある街よね。あたしはもう慣れたけど」


「まーな、俺はもう違和感ねーっす」


「そういうものか、俺もこの街が嫌いではないがな」


 燐花も柳太郎もこの街の生まれなので特に今更突っ込む気にもならないようだ。

 蒼葉市はいつ火が点くかわからない爆弾を抱えているようなもので、故に様々な思惑や正義感が飛び交う。


「災害の時はうちもそれなりに大変だったが、よくここまで復興したものだ」


「・・・・・・・・・」


 災害という単語を聞いた柳太郎と燐花は気まずそうな顔で楓人を一瞥し、カンナも何と言っていいか迷った顔でちらりと視線を寄越す。

 柳太郎は付き合いの長さで、燐花はエンプレス・ロアの活動の中で楓人の事情を知っていた。


「あー、光先輩。その話題NGで。楓人、災害で肉親亡くしてるんすよ」


「・・・・・・そうだったか。俺が無神経だった。本当にすまない」


 柳太郎は口にするべきかを悩んだようだが、ここで隠しても同じことが起こると判断したのだろう。

 それを聞くと唇を噛んで頭を垂れる光先輩は生粋の変態ではあるが、他人を傷付けるような人間ではないと知っている。


「気にしないでください。俺も割り切った話ですから」


 本当は今の発言は嘘だ、割り切れてなどいない。


 大災害と呼ばれた謎の火災と地震があったのは六年前のことだった。

 たくさんの人々が死に、街の被害には不自然な程に差があった。

 ほとんど被害のない所は家屋が残った不可思議な大災害を聞く度に思う。


 ―――ぶざけるな、あれは災害なんかじゃない。


 あれを起こした奴、あるいは奴等がこの街には今も生きている。

 楓人は肉親や仲の良かった近所が死んで、独りあの日に生き残った時に元凶となった何かを見てしまったのだ。

 楓人が済んでいた場所は被害が特に酷く、椿希一家は偶然にも日帰り旅行に行っていたおかげで難を逃れた。

 今に住んでいるカフェからは離れた場所なので、カフェ付近はほとんど火災の爪痕はなかった。


 あの焼けた街と死んでいった人々は今も楓人を蝕む呪いだ。


 大災害がなければエンプレス・ロアは結成しなかっただろう。

 あの日から変異者の数が膨れ上がり、楓人がアスタロトと本当の意味で出会ったのも同じ日だったのだ。


「いや、それでもだ。以後は気を付けよう」


「さて、そんじゃ明るい話でもしますかね」


 柳太郎が空気を変えようとあえて軽い様子で言って煎餅をぱりっと噛む。


「そういえばお茶なかった?」


「ああ、パックで良ければあるぞ」


「言っておいてなんだけど、この部室何でもあるわね。楓人のコーヒーでもいいんだけどさ」


「飲みたきゃ客として来い。金さえ払えばいつでも出してやるよ」


 燐花の要望通りに温かいお茶を入れてやり、全員に出す。ずずーっと全員でお茶をすする、まったりとした部活動だった。


 結局、お茶を飲んで雑談で時間を浪費して今日は解散となった。


 都市伝説に関しては次までに情報は集めておくとしよう。

そんな平和な日常を謳歌する裏側で非日常は静かに進行していた。



 カフェに帰ると怜司の深刻そうな顔に出くわした。



「どうした、景気悪そうな顔して。食中毒だったら笑えないぞ」


「実はロア・ガーデンに書き込みがありましてね。面倒なことになったなと憂慮していた次第ですよ」


「書き込み?ちょっと見ようか」


 すぐにパソコンを使ってアクセスを開始する。

 ロア・ガーデンの裏掲示板にある管理者ページにて書き込みを確認する。


「成程、これは面倒な話だな」


「ここまで正面から罠っぽいと迷うよね」


「ああ、それが狙いだろうだろうな」


 殺された所謂『鋼の狼』の変異者の事件について、犯人を知っている。

 情報提供を望むのなら指定の場所まで来ることで、日時は明日の夜八時で場所は明日追って連絡する。


 わざわざ情報提供のメールフォームではなく、掲示板に書き込んでいる辺りから悪意を感じる。


「ええ、どう転んでも我々に損害があることは明白です」


「じゃあ、行かないつもりか?」


「行くしかありませんね」


 ため息と共に怜司は即座に結論を出し、楓人も同じ意見だった。

 敵対する勢力がいるのなら行くべきだし、本当に情報が貰えるのなら行かない選択肢はないのだ。

 このままではあの糸の正体も分からないままだとか考えていた矢先だったので、丁度いいタイミングではある。

 怜司がため息を吐いたのは、表舞台に立つのが楓人だと予測されたからだ。


 楓人ばかりが表舞台に立つのを怜司は負担面から良しと思っていないようだ。


「表舞台に出てこいって言ってるんだ。乗るしかないだろ」


 変異者になっても、楓人はリーダーとしては足りない所だらけだ。

 しかし、黒の騎士としての自信と度胸だけは嫌でもついた。

 大災害の悪夢を歩いた時から、恐怖だとかブレーキのようなものが壊れかけている自覚もあった。


「緊急招集ですね。自体は予断を許しません」



 一転して、エンプレス・ロアは新たな局面を迎えることとなったのだった。

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