第21話:都市伝説研究部 活動日誌3


「何にせよ、一度戻って状況を整理する。死んだ男に関しては管理局に引き渡す」


『わ、わかった。気を付けなさいよ』


 そう告げられて燐花との通話は切れた。


 エンプレス・ロアは一応は尾行されないように帰る際に細心の注意を払っている。

 特に黒の騎士の正体や、蒼葉北にあるカフェがコミュニティーの集会所と化していることは生命線だ。

 正体不明の至高の伝説、それが崩れれば今の基盤など崩壊しかねない。

 燐花の探知によれば周囲には変異者は存在していないので解除するなら今だ。


 楓人は最新の注意を払いながらもアスタロトをカンナの姿に戻し、無事にカフェに帰還することができた。


 入口の鈴が鳴るなり、全員は同時に視線を二人に投げた。


「最悪の事態ですね、リーダー」


 怜司が翌日の食材の仕込みを始めながら、ため息を吐く。


「ああ、カンナと燐花も見ただろ。学校で見た糸、あれが現場にもあった」


「じゃあ、糸を引いていた奴も一緒ってこと?あ、ごめん。ギャグじゃなくて」


 さすがに真面目な話をしていた燐花は、慌てて全員の目線に弁明をする。

 空気を読まない発言をすることもある彼女も場はしっかりと弁えており、意外にも他人にさりげない気遣いをする性格なのは燐花の美点だ。

 燐花の発言で逆に場の空気が、良い塩梅で緩んだのも事実だった。


「まず、変異者であることは間違いない。そうだとすると燐花の探知に引っ掛からなかった理由がわからん」


 探知で完全に捉えられない可能性があったからこそ、楓人は念入りに尾行されないように帰還したのだ。


「あたしの探知のミスかもしれないわよ。ほぼ間違いないし、あっちゃいけないんだけどさ」


「ですが、我々とこうまで行き先が被るとなると・・・・・・また現れるでしょうね」


「ああ、何とか正体を暴きたいよな」


 どんな意図があったのかは知らないが、放っておけば必ず大きな犯罪に発展するかもしれなかった。

 燐花の探知をすり抜けて、あそこまで大それたことをやったのだ。

 現代社会の利便化された機器にも言えることだが、この相手には全て探知に依存するのは危険だった。

 もし、探知の無力化が可能ならばエンプレス・ロアでは対処できない犯罪者になるかもしれない。


 それは、すなわち伝説が揺らぐ瞬間に成り得る。


 しばらくは気を付けて行動する必要があるが、楓人がやれることは変わらない。



 ―――都市伝説は世界の歪さを暴く情報の結晶になり得る。



 管理局、変異者、ネット、人の噂から情報を汲み上げる。

 そして、特に人の噂を検証するのが都市伝説研究部の活動内容だ。




「それにしても猟奇殺人の犯人、自殺とはね」


 翌日、三人で部室へと一緒に向かう途中で柳太郎がぼやいた。

あの鋼の獣を操っていた変異者は、報道でも猟奇殺人の犯人として処理された。

管理局が存在するのは警察では処理できない事件の対処に当たる為でもある。

 例えば、警察では遠距離から念力で人を殺せる犯人は捕まえられず、変異者に関して対処する力を持つ機関が必要だった。


 今回も通常通りに後始末は上手くやってくれたようだ。


「ああ、意外だったな」


「罪を悔いる気になった奴は、あんなことをしないだろうしな。追い詰められた末ってことかね」


「もう、あんな事件が起きなければいいのにね」


 カンナが目を伏せて、亡くなった人間の為に祈りを呟く。


 人が死ぬのはもうこりごりだと思っているのは楓人も一緒だ。

 他人の為に心を痛める優しい相棒と一緒に、死ぬ運命ではない人間の命を救う為にも変異者と戦っていかなくてはならない。


「まあ・・・・・・世間が物騒だろうが、オレ達は精一杯やるしかねーだろ」


 部室のドアを開け放つと、相変わらず早い燐花が携帯で動画を見ていた。


「三人ともお揃いで早かったわね。ふ、ふふっ・・・・・・」


 どうやら、笑いのツボが浅い燐花は今日も楽しい人生を送っているらしい。

 そのまま笑いに囲まれて、幸せに生きていくことを祈りたい。


「なんだ、またお笑いか?オレがとびっきりの笑いを提供してやろうか?」


 意外と燐花と仲のいい柳太郎が無駄に絡む。

 お互いに普段は騒がしい癖に、肝心な所で空気が読める冷静さを持つ者同士。

 空気の読めない発言をする時は相手が傷付かないとわかっている時で、互いの性格が分かっているので遠慮が要らないのかもしれない。


「あんたの四流ギャグなんかいらないわよ。腹筋が微動だにしないわ」


「まあ、いつかオレの偉大さがわかるだろうさ。な、楓人」


「悪いな、俺も柳太郎の偉大さをいつか見たいもんだ」


「・・・・・・おい、親友」


「冗談だって、お前は良い奴だよ。いつか燐花もお前のいい所に気付くさ」


 柳太郎のお陰で本当に楽しい生活が送れているのは間違いない。

 軽口を叩くことはあっても、友人でいてくれる感謝は口にしようと決めていた。

 普段はくだらない発言で一喜一憂する男でも、柳太郎は他人の為に本気になれる男だと良く知っていた。


 一見すると相性が良くない椿希と仲が良いのも、柳太郎の根っこにある人の好さが似通っているからだろう。


「楓人、愛してるぜ。お前は一番のダチだよ」


 無駄に爽やかな笑顔とサムズアップを寄越される。

 気持ちは嬉しいが、誤解されそうな言葉の選び方が若干嫌だった。


「男同士でキモいわね、悪ノリする光先輩が来る前で良かったわ」


「ん?俺を呼んだか・・・・・・?」


 楓人は気付いていたが、入って来たばかりの光先輩はナチュラルに部室の風景に溶け込んでいた。

 開闢かいびゃくから存在していたオーラを出しながら眼鏡を押し上げる。


「気配くらい発しなさいよ!!」


「・・・・・・そんな無茶な」


 さすがに柳太郎も理不尽な要求にひっそりと突っ込んだ。

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