第20話:暗雲の予感
ついに獣は漆黒の騎士の腕に顎を突き立てた。
だが、いかに能力を駆使して攻撃しようと今のままでは無駄だ。
アスタロトの強靭な装甲は攻撃に特化した変異者でもない限りは、簡単に突破できるものではない。
楓人の並外れた身体能力とアスタロトの防御力に加えて破壊力まで併せ持つ。
対峙する敵から一見すると弱点らしい弱点のない至高の変異者。
自分の弱点を悟られない戦い方を身に着けたのは、一人で全てをこなす器を持たない楓人が出来るのは勝つことだけだったから。
そうしないと自分の生きる道を見つけられそうになかったからだ。
「いつまで噛み付いてんだよ、ケダモノ」
「・・・・・・・・・ッ!!」
相手にまるで効果がないと悟ったらしく、素早く伸ばされた腕を透過を使って躱すと距離を取る。
攻撃が全く効果がないと知れば逃げるのが心理的にも普通だが、この距離まで近付けば絶対に逃がすことはない。
今は再構築されたようだが、燐花と怜司が足を破壊したおかげで追い付けた。
つくづく厄介な能力で、ここを逃せば明らかに害を成す。
そして、エンプレス・ロアは戦いに勝つという、謂わば神話的な評判を獲得することで生き抜いてきた。
この殺人を厭わない獣使いが“黒の騎士から逃げ切った”事実を与えてはならない。
故に自分の持つ力を出し惜しむのはもう止めた。破壊しようと思えば最初から手段は幾らでもある。
黒の騎士が手にする黒槍は最もアスタロトの戦闘スタイルに合った武具だ。
槍によるリーチ調整に加えて懐に潜っても鉄壁の防御、そういうスタイルを基本にしようと決めたから槍の姿を具現化した。
だが、逆に言えばアスタロトが持つ武装としての姿は槍に限らない。
「アスタロト、
漆黒の槍が形を失って、本来の姿である漆黒の風へと姿を戻す。
アスタロトの能力は“漆黒の風を自在に操り、物理現象を発現する”こと。
風をそのまま使えば、効果時間の短さと消耗を代償に有効な攻撃手段となる。
透過を使おうが黒の騎士の操る風の包囲網は逃れられない。
風は暴風のごとく吹き荒れて獣の全身を軋ませる。
狭い裏路地でこの風が現れれば当然逃げ場などなく、辛うじて咆哮を上げながらも透過を使用するしかない。
だが、透過が解ければ風に捕捉されるだけの一時凌ぎに過ぎない。
楓人は獣に向けて地面を砕いて駆け、距離を完全に圧縮するわずか一瞬。
風を変化させて形成した黒槍の刃が鋼の狼を容赦なく串刺しにしていた。
「———
内側から漆黒の風が弾け、獣を粉々に粉砕して鉄の破片へと変えていた。
欠片がアスタロトの装甲にも当たるが、無慈悲に弾かれて周囲に散った。
だが、こいつを倒した所で時間をかければ再構成される。
その為にわざわざ不毛な戦いに付き合ったのだ。
「燐花、敵の位置は?」
『敵が動いてないのよね。ま、いいか。楓人の現在地からだと―――』
燐花が通信機越しに手元のマップを使いながら確認し、場所へと誘導する。
わざわざこんな獣を使っていたということは戦闘能力は低いのかもしれないが油断は禁物だ。
その時、視界に何か光るものが見えた気がした。
「・・・・・・これは、学校にあった」
手に掬い取るとそれは銀色に輝く糸のようなものだった。
明らかに硬度が高く、地面に落とすと溶けるように消えていく。
この糸が示すのは、学校の変異者と関わる別の変異者がここにいたことだ。
―――この事件はただの変異者の暴走ではないのかもしれない。
獣の操者の元へと駆けながら、楓人は胸に宿る嫌な予感と戦っていた。
もしも、燐花の言う通りにこの先にいる変異者が全く動かないとすれば最悪の可能性もあった。
そして、その予感は的中することになる。
「・・・・・・やっぱりか」
燐花が指定したのは逃げ込むには不自然な袋小路だった。
その先で一人の男が壁にもたれて死んでいる。
血痕が流れ出る地面には白銀に輝く糸が役割を終えて横たわっており、体勢からしても何者かに殺害されたのは明らかだ。
この糸の持ち主は恐らく黒の騎士に近くにいる。
「もう死んでる。誰かがこいつを殺したんだ」
『嘘でしょ・・・・・・。ってことはそいつは誰かの命令で人を殺してたってこと?』
「それはわからない。身内の暴走を止めた可能性もあるからな」
どちらにせよ主が死んだ以上は鋼の狼はもう現れないだろうが、この事件は何かのきっかけに過ぎない。
そんな明確な根拠のない予感が楓人の中では渦巻いていた。
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