第19話:透過
「わかってるな、あいつを潰す」
相棒の意志を内側に感じながら、姿を変えた少女へと少年は語り掛ける。
この姿になったカンナでもただの道具とは考えておらず、共に戦ってくれる大切なパートナーであることは忘れていない。
ビルを駆け下りて一瞬で階下の地面に到達する。
本来であれば凄まじい音が鳴るはずだが、足元から噴出する漆黒の霧がその衝撃を和らげて鋼と地面の擦れる音だけがわずかに響く。
楓人のような広範囲に装着するタイプは潜在的な素養次第だが、一般人でも視認可能なことも多いらしい。
見える人間の数がそう多くないのは黒の騎士にとっては救いだが、街を黒い騎士が戦っていると噂を流されれば活動しにくくなる。
この狼も視認しやすい全身装甲なので噂になってしまったのだろう。
「さて、ようやく会えたか」
仮面の奥で楓人は目の前の獣に声を掛ける。
声は仮面で響きが変わるので問題なし、この姿では絶対に顔を見られないのは変異者同士の交戦において大きなアドバンテージと言えた。
高い戦闘力に加えて、素性を隠せる点が楓人が矢面に立つ理由だった。
獣は橙色の鋼を何枚も重ねた異様な姿をしている。
日常で生活していたら、一度として出会うことがない非日常の結晶と言える異形がそこにいた。
「・・・・・・・・・言葉が通じる様子もないか」
明らかに自然界に存在する姿ではなく、呻き声の代わりにガシャリと鋼が擦れるような声を出す。
そして、獣は地面を蹴って楓人に向けて飛び跳ねた。
人間では防ぎようがない速度で、開いた顎には刃めいた牙が大量に並んでいる。
確かに人間でも、並みの変異者でも一撃で喰われるだろう。
だが、今夜の相手ばかりはそうはいかない。
手にした槍の柄の無造作な一撃に獣の突進は阻害され、紙屑の如く壁へと強かに叩き付けられていた。
ビルのコンクリートが削れ、再び獣が鋼の呻き声を上げる。
再び助走を乗せた突進、今度は一度右に走行してもう一度だけ地面を砕き跳ぶ。
これで楓人の推測は間違いないと完全に証明されたが、物言わぬ獣の割に行動には人の感性と理性が垣間見える。
こちらの行動を揺さぶろうとしている節があるし、何より明らかに人体の弱点を知っている攻撃箇所だ。
だが、急所狙いは相手の装甲を砕ける前提で最大の威力を発揮する。
握り固めた左の拳、それだけで紙屑のように鋼は軋みを上げて吹き飛んだ。
例え鋼の牙や爪による攻撃を何度当てようが、この身に纏うアスタロトの装甲は砕けない。
―――歪んだ都市伝説を狩る黒の騎士。
ネットの海にはそんな伝説が転がっている。
一部のマニアには有名な都市伝説のサイトで、普通の人間なら眉唾と一蹴するであろう伝説を楓人は目にしたことがある。
その不可思議な都市伝説の元となった騎士がここに立っている。
今や他のコミュニティーさえも傘下に従えつつある、エンプレス・ロアを統率する漆黒の伝説。
そんな存在が獣一匹に後れを取るわけにはいかない。
「このケダモノを操っている奴、お前が来いよ。物陰から見てるだけか?」
あえて周囲に聞こえるように言い放った瞬間、獣の様子が一変した。
橙色の装甲をした全身が、薄っすらと紅色に輝き始める。
これは
やはり、この近くに隠れた場所から鋼の狼を操っている変異者がいる。
わざわざ挑発めいた声を掛けたのはダメ元だったが、余裕を示すことで相手が反応を見せるかを確かめた。
獣は三度、楓人を喰らわんと牙を剥き出して疾駆した。
先程よりは速度は上がっているが、この程度なら何度でも叩きのめせる。
だが、叩き付けた槍の柄は空を切る。
「何・・・・・・?」
確実に当たっていたはずの柄が獣の体をすり抜けた。
襲い来る獣を右腕で打ち払おうとするが、それをホログラムを殴っているように感覚がなく躱される。
それを見て楓人は鋼狼の能力を悟るに至った。
―――攻撃に反応して、透過する能力。
それなりに速度自体も早い部類だし、ようやく当てたと思ってもすり抜けられるのでは捉えるのは難しい。
この力のおかげで変異者達に追われようが逃げられる自信があるらしい。
これは予想以上に厄介な
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