第16話:狼狩りへ


 楽しい夜は更けて行き、さすがに十一時を迎えて椿希も帰ると言い出した。


 今の物騒な世の中で、変異者でもない女の子を一人で帰らせるのはさすがに賢明ではないと判断せざるを得ない。そして、楓人が家まで送り届けてカフェまで戻ってくる。


「おい、カンナ。今回は結果オーライだったからいいが気を付けろよ」


「ご、ごめん。携帯の充電切れてメッセージ見られなかったから」


「まあ、別に怒ってるわけじゃない。次から気を付けてくれればいいさ」


 ミスは誰にでもあるし、今回の件は不問にすることにした。

 下手を打てば椿希には楓人の周囲の人間関係を勘繰られる可能性もあったので、危険と言えば危険な状況だった。

 しかし、結果的にカンナと椿希が仲良くなる機会が作れたので、次からは注意してくれるなら今回はもう何も言うまい。

 楓人にも細かい事を言い出せばキリがないので、他のメンバーにも上から目線であまり小言は言いたくない。


 その後、カンナは風呂に行き、楓人は共有のノートパソコンを立ち上げる。


 今日の『ロア・ガーデン』の更新とチェックは楓人がやることになっていた。

 二階から降りてきた怜司も参加して、表の掲示板に寄せられた情報の確認と裏掲示板の詳細なチェックから入る。


 すると、変異者が書き込む裏掲示板には新規の書き込みが一件。


“昨晩、美崎町のミサキマーケットの裏手、林にて橙の装甲をした噂の狼(?)を目撃。特に犠牲者なし。対処求む”ということだ。


 ここが楓人達の管理するサイトであることは様々な手段で宣伝されているので、ホットな情報は入ってくる。

 『自分に火の粉がかからないように処理してくれ』と、他の穏健派の変異者がエンプレス・ロアへと他人事のように押し付けて来るのだ。

 また、表側でも入ってくるの都市伝説を検証することで、変異者を探し出せる可能性もある効率的な方法だ。


 都市伝説の中には現実離れした内容故に人々の口から広まった、明らかに異質なものも時には混ざっているからだ。


「しかし、この書き込みは妙ですね」


 その書き込みを見ていた怜司が唐突に怪訝そうな色を声に浮かべて呟く。


「・・・・・・どこをおかしいと感じたんだ?」


 楓人はその反応に嫌な予感を覚えつつ、念の為に聞き返す。

 中には平穏を望む変異者も存在するので、犯罪に手を染めた変異者の目撃情報はよくあることだった。故に、その行為自体には特に疑問を挟む理由はないはずだったのだ。


 ただ、怜司の言う通りに違和感を書き込みから感じていたのも事実である。


「私もミサキマーケットには行ったことがありますが、裏手は夜は中が見えるはずもない林。そこに用件がある人間などそうはいないでしょう」


「今まで無差別に殺してきた奴の姿が見えるくらい近距離での遭遇。しかも人気のない場所で目撃者を見逃すのも妙だよな」


「その通りです。交戦していないのも口ぶりから判断できますから。罠だと悟った私達が現地に向かうしかないのも計算づくかもしれません」


「成程な、現地を知っていればバレるのも織り込み済みの罠ってわけか」


「我々との敵対勢力はまだまだ多いはずです。罠の一つや二つはあって然るべきでしょうね」


 ロア・ガーデンに投下される情報が全て、都合よく楓人達にとって利するもの内容と考えるのはあまりにも危険だ。

 今回のようにわずかな違和感を見抜くことが必要で、楓人も危うく見落としかける罠が所々に潜んでいる。どちらにせよ、敵の罠に乗るのは癪だが方針は決まったようなものだ。


「敵対勢力がいようがいまいが、俺達はここに向かうしかないってことだ」


「ええ、それでいいと思います。メンバーの選定はリーダーがお願いします」


 怜司は知恵を出すが、最終判断は基本的には全て楓人が下している。

 楓人が将来的に多くのコミュニティーを纏める地位に就くならば、人を上手く使う為の感性を更に磨かなければならない。

 怜司もその為に楓人が経験を得る機会を意図的に設けているようだった。


「明日、メンバーを集めよう。久しぶりの本格的な狩りになる」


「では、私から連絡はしておきましょう」


 エンプレス・ロアは変異者の情報があれば退くことは許されない。


 毒を以て毒を制し、犯罪者に「人を殺すのは悪だ」と当然の法を知らしめる。

 そんな理想を掲げるには勝ち続けることで、“エンプレス・ロアならば平穏をもたらしてくれる”と人々の厚い信頼を得るのが絶対条件なのだ。



 そして、更に翌日。



 夕方になって、エンプレス・ロアの主要メンバーは獣狩りに赴く為にいつものカフェに集結する運びとなった。

 もちろん店の営業をしている余裕も時間もないので店は臨時休業である。

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