第15話:二人の少女

「夜に来たのは久し振りね」


「ああ、そうかもな」


 既に怜司には椿希が来る旨は伝えてあるので、コミュニティー関係で動いている事実が露見する心配はない。

 カンナにも事前にメッセージを送って根回ししておき、帰って来るなら裏手にある階段上の入口から入れと伝えた。

 ちりんと鈴を鳴らして店に入ると、いつも通りにカウンター席でくつろぎながらテレビを見ている怜司がいた。怜司は親戚ということになっていて、同居に関しては椿希も承知している。


「ああ、夏澄さん。いらしたんですね。ごゆっくり」


 大人の立場を演出する柔和な笑みと共に怜司は椿希を出迎える。

 落ち着いた様子かつ店も切り盛りしており、一見すれば道理を知る怜司は常識人である椿希からの信頼も厚かった。


「さて、約束通り今日は俺が腕を振るうとするか」


「ああ、楓人君。戻ったばかりですし僕がやりますよ」


 椿希の前でも敬語は治らないが、親戚らしい呼び方をしろと指示を出している。

 いつも通りの楓人を優先する彼の態度では、鋭い椿希を相手に親戚と言い張るにはどこか歪な関係に見えてもおかしくはない。

普通に生きるために、楓人なりに色々と考えて事前の根回しは怠らない。


「大して疲れてないからいいよ。怜司の分も作ってやるから座ってろよ」


「楓人が料理の腕をどこまで上げたか、楽しみにしてるわ」


「前よりはかなり腕を上げた自信はあるぞ。メニュー内からじゃなくてもいいけど何が食べたいんだ?」


「気分的に言えば、そうね―――」


 何でもいいと言われると逆に困るのか、椿希が考え込んでいた時だった。

 再び、ちりんと鳴るはずがなかった鈴が鳴り響く。


「ただいま、楓人。ココア淹れてくれると嬉しいなぁなんて・・・・・・あれ、椿希?」


「雲雀さん・・・・・・?」


 二人して首を傾げ、全く同じ“どうしてここにいるのか”という思いを共有する。

 中学校時代は椿希がカフェにまで来ることは大してなかったし、椿希とカンナが同じ学校になったのも高校からだ。

 話は何度もしているが、そこまでの親交が二人にはなかった。


「ねぇ、楓人。さっき雲雀さん、ただいまって言ったわよね。こんな時間に」


 当然ながら、冷ややかな目線が楓人を射貫く。

 実は、楓人は椿希にはカンナと一緒に住んでいることを教えてはいなかった。

 椿希は昔からの楓人を見ているが、カンナが親戚だという噂に対して不審には思ったようだ。


 一度、カンナのような親戚がいたかと突っ込まれたこともある。


 彼女は怜司と同じく、遠縁の親戚ということにしてあるのだ。そう言った手前、異性であるカンナと同居について言い出しにくかった。

 この事態は避けたいとカンナには言い含めて対策を練っておいたのだが。


「あー・・・・・・あはは」


 すーっと目を泳がせるカンナと必死に頭を回転させる楓人。

 言い出せば面倒なことになると隠してきたのが裏目に出て、何を言っても怪しい状況になっている。


 その時、横から天の助けかと祈るに値する助け船が出た。


「カンナは今、近くのアパートに住んでいるんですが、夕食はこちらで取ることも多いんですよ。遠縁で会うことも少なかったとはいえ親戚ですからね」


「・・・・・・そうだったんですね」


 少し、引っ掛かりを覚えたようだが椿希は話を聞いて一旦は矛を収めた。

 怜司は楓人の保護者ということになっていて、穏やかながら堂々と筋道を立てた説明は聞く人間を信頼させる。

 真面目で人当たりのよい大人が楓人の事情を隠す為に嘘を吐いていると誰が思うだろう。


「時々、カンナが泊まりに来ることもありますが、基本的に余った部屋で寝て学校に行くだけです。私と三人ですし、貴女が心配することは何もないですよ」


「心配っていうか・・・・・・まあ、それならいいですけど」


 さすがは若きリーダーの右腕、あっさりと椿希を適当な話で丸め込む。


 内心で楓人はこの男が自分を主として従ってくれることに心から感謝した。

 楓人も頭は回る方だが、冷静に決断を下せる怜司には到底及ばない。

 性格から見ても交渉が不向きなカンナに期待するのは酷だし、他人を上手く丸め込むべき状況なら怜司の土俵だ。


「今からご飯?手伝おうか?」


「気持ちは嬉しいが、カンナを戦力には考えないことにしている」


「えぇ、そこまで言わなくても・・・・・・」


「お前に料理の才能はない。待ってろ、たらふく食わせてやるからな」


 人には向き不向きというものがあって当然だし、それを今になってから責めて初めても急に改善させるものでなかろう。

 今すぐに料理が出来なければ、困ると言うこともないし長い目で見るべきだ。


「食べるだけっていうのもね・・・・・・。椿希は料理出来るの?」


「それなりに。両親が仕事で忙しかった時期があったから勝手に覚えただけよ」


「そっか、いいなぁ・・・・・・。私も女子として料理くらいしたいよね」


 しょんぼりするカンナを見ているとさすがに不憫な気がしてきた。

 そんな必要はないと優しく諭したつもりだが、カフェを経営している関係で料理が出来ないのは気になるだろう。つくづくカンナに甘い自分を自覚する。


「今度、もう一回教えてやる。今日は我慢しろ」


 そんな言葉を聞いて、カンナは嬉しそうに表情を輝かせる。

 こういう顔をされるから、どうしても甘くなってしまう。


「うん。楓人のそういうとこ、今更だけど私は好きだよ」


 無邪気に笑いながらカンナは椅子に腰かけたままで足をぶらつかせる。

 椿希がため息を吐くほどに、カンナの瞳には好意が浮かんでいることに困らされると言っていいのだろうか。


「楓人は色々言っても他人を放って置けないタイプだもの」


「そうそう、照れ隠しで適当なこと言っても気にかけてくれるし。でも、楓人って椿希には口悪くないよね」


 自分の話題で女子二人が盛り上がる構図は、会話に入るわけにもいかない当事者の楓人にとって気恥ずかしいものだった。

 そんな三人の様子を怜司は口を出さずに、にこにこと笑顔で眺めていた。

 まるで本当に親戚のおじさんが見守っているかのような、無駄な安心感だった。

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