第13話:年上の正体
「看板もあるし、イベント会場はあそこじゃないかしら」
椿希が示す先には、チケット通りの店名が表記された看板が置いてあった。
店先に立っていた店員にフェスに来た旨を告げると中に通された店内は、レンガ調のヨーロッパ風の内装でテーブルも清潔感のある白だった。
床には見た目は浅い人工芝のようなマットが敷かれ、外で食事をするような感覚が味わえる。
「さて、最初何から行くか。一時間食べ放題だからな」
最初の料金は結構高めだったので、チケットをくれた先輩に内心で感謝する。
カフェに加えて本業の収入も得られている状況とは言っても、間違っても普通に入ろうとは思わない値段設定だった。
「カップルさん一組ご案内でーす!」
女性店員が元気に店の奥に伝えて、一番店の奥の席へと座る。
「そ、その・・・・・・カップルに見えるものかしら」
「まあ、見えるかもな。昔から慣れてはいるけど嫌だったか?」
「嫌だったら最初から一緒に来ないわ」
「お、おう・・・・・・」
意外にも憮然とした表情で答えが返ってくる。
何となく気まずくて、運ばれてきたチーズケーキに楓人は舌鼓を打つ。
まろやかなチーズケーキは底に敷かれたクラッカー生地に非常に合っていて、重いと言えばそうだが飽きずに何個か食べられそうだ。
「へえ、美味いな。さすが光先輩のコネ」
「こっちも美味しいわ。コネとは違うんじゃないかしら」
椿希もラズベリーケーキを口に運んで、味の良さに目を丸くしていた。
「一口交換するか?」
「ええ、そうしましょう」
二人でケーキを差し出し合うが、何となく気恥ずかしさが復活する。
もぐもぐと一口貰って味わうと、楓人が貰ったラズベリーの方も絶品だった。
適度な酸っぱさのラズベリーを間に挟まった甘すぎないクリームが中和している。
「じゃ、次行くか。それなら、俺は・・・・・・」
豊富なメニューを開いて、新たなスイーツに挑むべく店員を呼ぼうとした時。
メニュー越しに映った視界の端に、間違いなく見覚えのある顔が映った。
「あいつ、何でこんな所に・・・・・・?」
丁度、店に入ってきた少女は店内を少し見回していたが、楓人と目が合うなり微かに首を傾げてこちらと同じリアクションをする。
「あれ、フウくん?随分とヘンな所で合ったね」
「
長い栗色の髪、銀色の羽を象って青く小さなガラスが嵌ったヘアピン。
薄手の紺色のカーディガンとレースの付いた白いシャツを身に着け、落ち着いた雰囲気で胸も大きな女性だった。
直接の知り合いとしては年齢は上な方だが、楓人と比べるとほぼ変わらない。
「やっぱり。わたしは知り合いからチケット貰ったから、来てみたの」
「俺も同じようなもんだ。今日は一人か?」
「一人じゃないよ、お手洗い行ってる友達がいるけどすぐに来ると思う」
ちょっとした知り合いの女の子は思わぬ出会いに驚いた様子は見せたものの、すっかり慣れた様子で楓人に話しかける。
だが、そこにこの上なく悪いタイミングで椿希が帰還してしまう。
「ねえ、楓人。その人は誰なのかしら?」
椿希の声は特に普段と変わりなかったが、長年に渡って慣れ親しんだ人間から表情を観察すると、ご機嫌斜めが透けている。
長年の勘で、わずかな表情の変化でもある程度は思考も見えてくるものだ。
「
嘘は言っていない、明璃と仲良くなったきっかけはそれだった。
だが、正確に言えば明璃が近くに住んでいたのはわずか二か月なので深く関わりを持つようになった理由とはあまり関係がない。
本当の意味で彼女と知り合ったのはたった一年前である。
「今はフウくんがバイトしてるカフェの常連なので、仲良くさせて貰ってます」
「クラスメイトの夏澄椿希です。よろしくお願いします」
誰にも礼儀正しい椿希は友好的に少し頭を下げて自己紹介をした。
人の好さが態度にも滲む明璃が悪い人間ではないと肌で感じたようで、実際の所の彼女は周りを気遣って自然に動ける性格だった。
「フウくんの彼女さん?可愛いじゃない」
「彼女ってわけじゃない。昔からの付き合いだし」
「ふーん、そうなの。わたしとしてはカンナも応援したいけど」
「何で明璃に応援されないといけないんだよ」
「一応、わたしなりに心配なんだよね。それじゃ、またカフェに遊びに行くから」
友達も来たのか、明璃は店の入り口側の席に腰掛ける様子が見えた。
明璃は物腰の柔らかさに違わずに面倒見が良く、初対面の相手に対しても人当たりもいいので友達は多そうだ。
「あんな年上の知り合いいたのね、楓人」
「ああ、知り合いって言っても基本は店の客みたいなもんだ」
「それにしては仲良さそうだったわ」
「そりゃ、常連とはあんなものだろ。結構店には来るからさ」
信頼できる相手だとしても、本当のことは言えなかった。
出来るだけ嘘は混ぜないようにしたかったが、椿希を変異者の事情に巻き込むわけにはいかない。
エンプレス・ロア所属、水木明璃。
正確に言うなら毎週どころではない頻度で彼女とは会っているのだ。
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