第11話:レギオン・レイド
だが、裏で静かに事態は動き出していた。
「
その二人以外に誰もいないビルの一室で一人の男が呟く。
銀色のメッシュが入った黒髪、鋭い目付きからは獰猛な獣を感じさせながらも理性を持った瞳は深い知性を併せ持つ。
他人を威嚇するのみで生きてきた輩とは纏う雰囲気そのものが違う。
事務所を思わせるデスクが並び、そこにいたのは男の他に女性が一人のみ。
「はい、
男に対するは性別の割に高身長の女性だった。
冷静な表情に後ろで括った長い髪、口調には真面目さや実直さが滲み出ている。
どうやら
「素手であいつを制圧出来る奴はそういない。やった奴の顔は見たのか?」
「いえ、顔は隠していたので何者かの特定までは難しいようです」
「だが、管理局が絡んでるなら・・・・・・エンプレス・ロアしかねえ、か」
渡と呼ばれた男が深く息を吐き、
変異者の構築する社会そのものを覆そうとするエンプレス・ロアの名は、コミュティーを形成する変異者ならばほぼ知っている。
わずか数年で彼らは無視できない存在にのし上がった。
「黒の騎士の話はお前も聞いたことがあるな?」
「ええ、エンプレス・ロアのリーダーでないかと言っていた者ですね」
「間違いなく黒の騎士とやらが奴等の生命線だ。未だに一度の敗北もない伝説が他のコミュティーを従える。いわば保険みてえなもんだ」
エンプレス・ロアに味方すれば他との抗争になった時に負けはない。
その保証こそが人数の少ないエンプレス・ロアの傘下に着くコミュニティーが増えている要因でもあり、人間の弱さを知り尽くした手法だ。
この世界では強力な変異者を味方に擁していることが最大の安全である。
加えて、賛否はあれど国家の息がかかった組織と手を組んでいることで更に安心感は増す。
「つまりだ、奴等を潰すなら黒の騎士を先に叩いた方が手っ取り早い」
彼の分析は冷静かつ客観的に、様々な思惑が入り交じる夜の世界を見据えていた。
黒の騎士をコミュニティーの用心棒と捉える人間も多い中で、最初に黒の騎士がリーダーだと見抜いたのは渡という男だった。
渡は決して並外れた暴力のみで他人を従える程に愚かではなく、自身には過度な自信も抱かない。
「彼らと戦うつもりですか?」
「ああ、だがそれは今じゃねえ。管理局の犬だなんだと言われちゃいるが、決して侮れる相手じゃないからな」
「そうですね、私もそう思います」
恵は上司の迷いも奢りも欠片も見えない様子に安心したように頷く。
決して戦いを恐れるわけではなく、渡が冷静に相手の戦力を分析していることに頼もしさとリーダーに相応しい器を垣間見たからだ。
力とは効果的に使ってこそ最大の効果を発揮することを渡は知っている。
「それはそうと、あの犬・・・・・・随分と暴れているようだな」
「はい、ついに殺人を繰り返して回っているようです。ここまで暴走すれば渡さんが制止しても無駄でしょう」
あえて鋼の狼として世間を騒がせている元メンバーを犬と蔑んだのも、二人からすれば当然のことだった。
彼らは命を意味なく奪うことを決して是としない。
「おい、恵。ウチのコミュニティー、レギオン・レイドの決まりを言ってみろ」
その声は静かではあったが、有無を言わせない響きがあった。
声を荒らげることはあまりないが、渡は上に立つ者特有の威圧感と鋭い雰囲気を持っていた。
「一般人への無意味な殺人・暴行を禁ずる・・・・・・ですか?」
「快楽で殺すのは馬鹿のやることだ。俺のコミュニティーに馬鹿はいらねえ。つまり、あの犬も用済みだ」
恵の返事に一つ首肯を返し、興味がなさそうに渡はそう言った。
渡も恵も変異者としての生活は長く、人が死ぬところにも何度も遭遇した。
人の死が身近に迫る世界で生きれば否が応でも死には順応する。
何より、変異者として覚醒した段階で人を傷付けることへの本能的な恐怖は緩やかに消えていく。
決められたことを破れば、渡は場合によっては命さえも奪える男だ。
しかし、死に慣れたが故に命の価値は知らねばならない。
「・・・・・・では、始末するということでよろしいですか?」
「いや、少し様子を見る。他のコミュニティーの目がある中で動くのは無駄だ」
「では、放っておくのですか?」
「エンプレス・ロアがやるだろう。もう、奴は俺の部下でも何でもねえし、奴から俺に繋がる情報も渡していない。代わりに始末させるさ」
エンプレス・ロアと異なりレギオン・レイドは資金を絡めた活動を行っていて、表向きでは投資会社を装いつつ裏カジノの経営等で資金を調達している。
故に自らの陣営が盤石になるまでは余計な動きは避けようとした。
今、レギオン・レイドを含むコミュニティーが鋼の狼の動向を見守っている。
制裁を下す者が誰かを虎視眈々と監視している。
「さて・・・・・・お手並み拝見と行くぜ、黒の騎士」
獣の如く獰猛に
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