第10話:ロア・ガーデンⅡ
「何件か来ています、狼の目撃情報ですね」
「えーっと、“美崎街の二丁目にある田原洋菓子店付近の裏手の路地を移動している所を目撃。関わりたくないので対処せず。”どう判断するかが微妙なとこだな」
「こういう情報も罠とかありそうで怖いよね」
エンプレス・ロアは立場上、他の変異者から疎ましく思われることもある。
管理局の犬と罵る人間もいるが、管理局の力は今は絶対に必要な段階だ。
変異者同士が普通に接し、何も凶悪事件が起こらない世界を作るまでは何とでも言うがいい。
蒼葉市ではニュースの報道も含めて警察では対処できない犯罪が増加しており、誰かが止めなければ身近な人が理不尽に死ぬ世界になってしまう。
そんなくだらない世界になる前に、絶対に変えてやると誓った。
六年前の“大災害”と呼ばれたあの日から。
「現地に行くしかないか。探知役は必須になるから燐花は連れて行く。準備も考えて明後日の土曜の夜からだな」
事前調査はエンプレス・ロア側でも出来るが、利用できるものはするべきという怜司のアドバイスを取り入れて管理局にも一口噛ませる。
怜司は状況を一瞬で整理して策を講ずる明晰な頭脳を持っており、作戦立案等では楓人も最も頼りにする参謀役なのだ。
方針を告げると怜司が即座に頷いたのを見て一安心する。
リーダーとして振る舞ってはいるが、下す判断にはまだ迷いもあるのだ。
「それで、今日はどうだったんですか?」
怜司がロア・ガーデンの更新を終えると訊ねてくる。
余程のことがない限り、一人当たりの更新量が多くなり過ぎないように作業を配分しているつもりだ。仲間には普通の生活を送れる時は全力で楽しんで欲しいと常々思っているのである。
「学校に変異者がいた。管理局には引き渡したから独房行きだな」
「やはり例の都市伝説は本物でしたか。それで、トイレの何某は?」
「それは用務員と女子生徒の勘違いで起きた事件だった。変異者絡みじゃないな」
本当の話をするのなら大体は燐花の仕業でもあったのだが、それは彼女の名誉の為に黙っておいてやろう。
本人がNGと言っていたので、ばらして回るのはさすがに不憫である。
「成程、燐花が動画でも見て爆笑したせいで噂されたと勘繰っていましたが。時期も丁度、彼女が用務員に見つかった時期ですし」
「そんな仮説があったのか……」
さすがは優れた実績を上げる参謀だけあり、結末だけ見ればどうでもいいことにさえも洞察力を発揮する男だった。
怜司がいなければ、高校生に過ぎない楓人が活動をここまで軌道に乗せることは到底できなかっただろう。
大なり小なり、全てのメンバーが楓人の足りない所を埋めてくれるからこそ戦い続けることが出来る。
いくら変異者として強かろうと、一人で出来ることなど知れている。
「それ以上の話は聞かないことにします。それが真実なら彼女も気にしているでしょう」
「・・・・・・そうしてくれ、助かる」
表情のわずかな変化で見抜かれたのだろうか、全てを見透かしている怜司はこれ以上は言及しなかった。
空気を読むスキルまで持つ怜司はきっと彼女にも黙っていてくれるはずだった。
「さて、そろそろ俺はシャワー浴びて寝るか」
「私も寝ようかな。明日も学校あるから」
いつもは十二時過ぎに寝ているカンナもさすがに眠そうだ。
健康的な生活が彼女の快活さにも繋がっているのかもしれなかった。
「私はアイロン掛けをしてから、撮り溜めたテレビ番組を消化致しましょう」
意外と怜司はドラマ、映画、アニメまで網羅するテレビ好きである。
テレビオタクの怜司にとって、暇な時のカフェの仕事はテレビ見放題の役得だ。
電気代や諸々の経費は管理局から報酬という形で支払われる手当で十分過ぎる程に賄えてしまう。
別に金がなくてもエンプレス・ロアは困らないのだが、動いてくれているメンバーには対価を支払ってやりたかった。
身を危険に晒して戦ってくれている分は報われるべきだ。
支払われる活動費でメンバー達は学生にしては不相応な程に金を持っている。
「うるさくは謂わないけど程々にな。お前、寝起き弱いんだから」
「はい、三時には眠りましょう」
「別に好きにすればいいが、仕込みとかあるから八時には起きろよ」
カフェの面倒を見てくれている怜司には売り上げから、バイト代という意味も含めて多めに給料を支払っている。
最初は居候しているのにと断られたが、楓人が強引に押し切った。
楓人もカンナよろしく眠かったので、今日は大人しくベッドに潜ることにした。
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