第7話:夜の影-Ⅲ


「……そもそも目撃者が最初からいない。わざとそういう都市伝説を流した?」


「へえ、燐花。冴えてるじゃないか。学園に潜む奴は夜に見回ってる俺達の存在を知っていた。だから、俺もあえて釣られてやったんだ」


「釣るって……そっか、逆に具体的過ぎて私達なら調べに来るってことだよね?」


「そう、だから―――」


 さっと楓人は手を伸ばして空中に手を伸ばして拳を握り、引き寄せた手には銀色に光るピアノ線に似た異物が握られていた。

 学校内には普通では存在しないモノを見て、二人とも事態を察して息を呑む。


「もう俺達は見つかってるぞ。小声とはいえ話をしてれば気付かれるだろ」


「何よ、危険な探索かもしれないって言ってくれればよかったじゃない」


「こっちが警戒してると相手を釣れないだろ。今日でこの相手は何とかしたかったからな」


「……まあ、それはそうだし従うけどさ」


 燐花は鼻を鳴らした後にゆっくり息を吐き、顔を上げて周囲を見渡す。

 目をわずかに細めるのは、彼女が周囲を特殊な方法で探索する前準備で集中力を極限まで増加させる時の癖だった。


「うわっ、昇降口付近にはそこそこ罠があるわね。行きにあれば気付いたはずなんだけど」


「俺達が入ってから作ったんだろ」


そう、楓人達は普通の人間ではない。


 だからこそ、同じく普通の人間ではない敵を追い詰める為に巡回もしているし、普通では見えない糸も至近距離からならば見抜く。

 中でも燐花の探知能力は群を抜いており、一度集中すれば目の前どころか離れた空間にある異常さえも見抜く。

 楓人でも出来ない役割をこなす重要な能力だが、全力で探知能力を発動するには意識の切り替えが必要となる。

 集中しすぎて視野の広さを失う時もあるので、今回の探索のおける本当の目的と意味はあえて伝えなかった。


 並外れた耐久性を誇る三人が罠で傷付く可能性よりも、周りが見えなくなる方が今回は危険だと判断していたからだ。


 だが、ようやく釣れた。


「二階の階段の上。いるわね」


「じゃ、行ってくる。そっち行ったら適当に相手を頼む。それと糸を全部処理しといてくれ。残したら明日、阿鼻叫喚になる」


 そう、事も無げに言って楓人は被ったニット帽を下ろして地面を蹴った。


 目撃者がいれば新たな都市伝説となるだろう速度で、各十六段ある螺旋気味の階段をわずか二歩で突破した。

 その人間離れした身体能力では、二階の階段上に辿り着くまでは四歩しかいらなかった。


「………」


 やはりというか階段の上では人影が楓人を待ち構えていた。


 顔は笑みを浮かべた仮面で隠されているので見えない。

 闇夜に煌くのは肩に担がれた禍々しい一見ボロボロの刃を持つ大鎌だった。


 これが都市伝説の正体。


「随分と本格的なのが出て来たな・・・・・・」


 楓人は緊張感もなく小声で呟きながら、つかつかと相手に歩みを進める。


 まるで無防備、どんな素人でも刃物一つで命を奪えそうな緊張感のなさだった。

 その冷静さに逆に戸惑った様子を見せたものの、鎌男は躊躇なく鎌を打ち下ろしてくる。

 耳が鳴る程の風切り音と風圧が頬に当たるも、楓人は改めて構えを取ることもしなかった。


「悪いが……それが全力なら、俺を殺すのは無理だな」


 無造作に上げた右腕が、まともに入った鎌の刃を完全に止めていた。


 特に得意げでもなく、当然のことを告げるように楓人は言葉を返す。

 今の一撃で相手の力量は理解したが、百回打ち込もうが楓人に傷一つ付けられないだろう。


「・・・・・・・・・」


 仮面の男は鎌を手元に引き寄せたまま、今度はじっと様子を伺っている。

 どうやら、目の前にいる男がただの獲物に出来るレベルの敵ではないと気付いたのだろう。


「様子見か・・・・・・。それなら―――」


 ――—こちらから仕掛けるまでだ。


 廊下を軽々と蹴り飛ばすとわずか一歩で敵の目の前まで疾駆する。

 そのまま振るわれたのはただの拳、それを鎌の刃で受けようとして。


 男は凄まじい勢いで廊下の向こうまで吹き飛ばされ、壁に激突した。


 無造作に振るわれた拳、それだけで力量に差がある相手は一撃で沈む。

 楓人が若くして普通ではない集団の絶対的リーダーを務めるのは理由がある。


 真島楓人の力量が並外れている、その事実が人を従える立場へと押し上げた。


「丸腰でもそれなりに戦えるようには鍛えてるからな。大人しく降参するなら暴力に頼るつもりはない」


 楓人は吹き飛ばされても敵が手放さなかった大鎌を一瞥して声を掛けた。


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