第6話:夜の影-Ⅱ
「どうだったのよ?」
「奥のカギが壊れて変な音がしてる。笑い声の正体はそれかもな」
「じゃあ、ほぼ決まりだね。さっすがリーダー!!」
カンナが満面の笑みでそう言って、怪談も真相が割れてみればこんなものかと緩んだ空気が一同の間に漂い始める。
しかし、三人でトイレから離れて昇降口に向かおうとした時に楓人が口を開く。
「今日、話した推理には補足があるんだが聞きたいか?この仮説を加えると全く無理のない推理が完成するんだよ」
「な、何よ。もったいぶってないで話しなさいよ」
「うん!!私も聞きたいっ!!」
好奇心を瞳に浮かべて、二人ともにやにやしている楓人に詰め寄った。
「実は用務員と女の子以外に原因になった人間がいる。もちろん生身の人間だ」
「えっ?じゃあどこかに隠れて二人を驚かせたってことなの?」
「それじゃ、あんたの仮説も全然話が変わってくるじゃない」
その人間は自分が怪談になっていることなど夢にも知らないはずで、人のうわさによって都市伝説になったのは完全な偶然で間違いない。
しかし、あの場でそれを言わなかったのには理由がある。
真相に辿り着いてしまえば、元凶が誰かなんて言えるはずがなかった。
「基本は一緒だよ。そいつに悪気は何もなかったし、用務員と女子生徒の鉢合わせが原因だ。ただ、偶然にも校内にいる理由があった人間がもう一人いたんだ」
「だから、それを教えなさいよ」
燐花が苛立ったように急かしてくるので、少し先を急ぐ。
別に二人に意地悪をしようとして話を引き延ばしているわけでもないため、この辺りでさっさと話して楽になってしまおう。
「例えばだ、校内に戻る理由って言えば何があると思う?」
「えーっと、どうしても課題やるのに教科書がいるとか携帯忘れてきたとか」
カンナが答えて楓人は頷き、その回答で正しいと意思を示す。
「そう、じゃあ校内をくまなく歩くのは?」
「あたし達みたいな巡回してるとか?」
「その通り。誰かの命令で巡回してた冥子は、非常にお笑い好きでな。一人で暇だから動画なんか見てたんだろうな。事実、仲間がそういう光景を見ている。それが本当にした笑い声の正体だ」
「……あれ?」
結論に辿り着いたカンナが眉を潜めて首を傾げたように、最初この考えに思い至った時は同じ反応をしたものだ。
こんな俗的に言うなら、しょーもない話が階段に発展するとは誰か思うものか。
「冥子はお笑い鑑賞中か思い出し笑いのせいで、危うく用務員に見つかりそうになった。笑い声を上げながら逃げる影を見たら怖いだろうなぁ」
「ちょ……ちょっと待ちなさいよ!!」
「学校で笑い声がした、誰もいないはずのトイレに人がいた。合体すると都市伝説になるだろ?なあ、冥子」
「ち、違うわよ!!あたしはそんな……」
ふるふると弱々しく首を振るが、既に真相を察した燐花の顔は羞恥で真っ赤に染まっていた。
さっきトイレに楓人を突入させた時に発揮してほしかった待望の羞恥だった。
「じゃ、反論できるか?丁度、お前が一人で巡回したのは一か月前だったよな」
「ぐ、ぐぬぬ……」
この校内で笑い声を堪えながら巡回をしていて、用務員が目撃した可能性がある人間は恐らくこの世界に一人しかいない。
「感謝しろ、あの場では言わないでやったんだ。そのせいで解決しなかったけどな」
「……あたしが、ホラーの正体?」
「燐花、あんまり気にしない方がいいと思うよ……」
「でも、カンナぁ……あたし、冥子だって」
涙目になりかける彼女を見ていると、冥子扱いがどれほど嫌か伝わってくる。
その傍から見ていると謎の発言に、哀れみも多分にあるので必死で笑いを堪えるカンナと楓人。
燐花にここまでダメージが入るとは予想していなかったので、早まったかと少し反省する。それでも今の推理内容が、ほぼ確実にトイレの冥子さんの真相だ。
トイレに人がいたと女子生徒が言い出し、同じ日の夜に女子生徒と鉢合わせしただけにも関わらず用務員は自分も笑い声を上げる人影を見たと補足した。
そして、その笑い声の正体は燐花だったということだ。
だが、トイレの冥子さんの真相解明は今夜の本当の目的ではない。
「お前が冥子なのはいいが、ここからは気を引き締めろよ」
「えっ……?冥子言うな」
テンションが下がっていた燐花がきょとんと楓人を見返してから、思い出したようにツッコミを入れる。
「いいか、恐らく俺達が関わるべき都市伝説は下駄箱鎌だ」
「だ、だから下駄箱……ふふっ」
相変わらずのゲラ花さんは放って置いて、楓人は話を続ける。
そもそも楓人達が校内探索を定期的に行っているのは噂になっている都市伝説が人為的なものかを調べる為だ。
都市伝説とは時に関わるべきでない闇を内包していることも多いが故に、情報の精査と取捨選択は必須であると言えよう。
「やけにあの話は具体的なんだよ。今までに聞いたことあるか?大鎌で切りつけられる都市伝説なんて」
「……そうね、それは思ったけど」
そもそも首を狩られる都市伝説が成立するはずがない。
生きて逃れたなら“首を狩られる”という殺害方法が広まるはずはないし、首を狩られたなら話を伝わえられる人間がこの世から消える。
ならば、なぜここまで具体的な情報を流したのか。
「いるはずなんだよ。この下駄箱には俺達の敵がな」
「それなら十二時に待ち構えた方が良かったりしない?」
「時間は関係ない。そもそも都市伝説が真実なら目撃者が生きて広めたことになる。おかしいだろ?」
都市伝説として伝わることが当たり前になりすぎて視野を狭めていたのらしく、楓人の指摘にカンナと燐花は不審な点に思い当ったようだ。
情報がどう歪められたかを調査する上で重要な要素なので、目撃者がどう情報を伝達したかは都市伝説の検証における基本だ。
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