第5話:夜の影


「まあ、誰かいる気配がするって話になるわよね」


「ただしだ。問題は誰かの足音が夜の学校でしたら燐花ならどうする?」


「モップか何かで武装するけど」


 憮然とそう答える燐花のお転婆さに楓人は頭を抱えたくなる。

 こんな力強さで嫁の貰い手があればいいがと将来が心配になってしまう。


「皆がお前みたいにたくましいわけじゃないんだよ。普通は隠れて息を殺すんだ」


 人は未知の恐怖に出会った時に無意識にやり過ごす道を選ぶ。

 立ち向かう人間もいるが、咄嗟の状況で反撃という選択肢が頭に浮かぼうが実行できる人間は限られる。

 恐怖で精神と身体が支配されている上に、ただの女子高生となれば猶更だ。


「・・・・・・うん、少なくとも笑いはしないよね」


「そう、何も音がしないのに笑い声がした話にはならない。大人の用務員が嘘を吐く可能性も低いな」


 そこで組み上がりかけていた楓人の仮説は限界を迎えた。

 恐らくはここまでは真実に近付いているが、何かあの日の校内で笑い声の原因となるものを見落としているはずだ。

 その原因に関しては、ここで考えを話すことは出来そうになかった。


「そもそもの目撃者達のホラー話、つまりホラ話なら解決するんだがな、ふふふ」


「うわ、くっだらないギャグ……。でも、なんかじわじわ来るかも……」


 光がドヤ顔で渾身の駄洒落を披露する。笑い上戸の燐花と言えど笑わないと思ったのも束の間、見事な耐久性の低さだった。

 さすがは部室に早くに来て、お笑いの動画で隠れて爆笑する意識の高すぎる女子高生である。



 今日は他の都市伝説の発生時期と内容だけ確認して終わりとなった。



 そうして、今日の同好会は後はお茶の時間だ。


 楓人とカンナにとってはしばしの休息だが、もう一人を加えて夜の学校に来る。

 その三人目は、楓人が『今晩十時、学校で』とメッセージを送った先。




“送信先:菱河 燐花”



「よう、お前にしては早かったな」


 夜十時、高校生同士が合うには些か遅い時間に学園の裏手で待ち合わせる。

現れたのは楓人とカンナ、そしてメッセージを送っておいた燐花だった。

彼女もまた普通ではない関係性を持つコミュニティーの正規メンバーである。


「別に、暇だからお笑い見てたし。あはっ……今日もたっぷり笑ったわ」


 燐花は客観的に見ても可愛らしく、派手過ぎない程度にお洒落をするタイプの風貌であるに関わらず、お笑い好きという趣味があった。

部室でも暇だと携帯でお笑いを見ていたり、思い出し笑いまで極めている。

 教員らしき人影がうろついていて、危うく捕まりそうになったこともあるらしいので気を付けて欲しいものだ。


ちなみに三人が学校に入れるのにはとある理由があった。


「さて、行きましょ。さっさと寝たいし」


「ああ、行くか」


 今回は三人とも、帽子なりを被ってマスクを付けた怪しい格好だ。


 定期的に学校内は見回ることにしていて、具体的には一月に一回。

燐花の特技が探索に向いているので基本的にこのメンバーで取り組んでいるのだが、前回は燐花だけは別行動だった。


 ―――なぜ、学校内を見回っているのか。


 蒼葉市、及び蒼葉北高校には不審な点が幾つも存在している。


 あまりにも学校に関する都市伝説の発生頻度が高いこともその一つだ。

今回の“大鎌で首を狩られる”といった非日常的な都市伝説が、この学校では不思議な程に多く生まれてきている。

 具体的な話が出る度に楓人達はここを見回ることにしているのは、危険な都市伝説かどうか見極めて手を打つ必要があるからだ。


「一応、トイレも見てくか・・・・・・」


 夜の学校に入って直接に確認出来る状況にあり、トイレの冥子さんの件でも何か得られる手掛かりがあるかもしれない。

 もしかしたら、これも平穏な学校生活を送る生徒にとっても危険な都市伝説かもしれないのだ。非日常の専門家としては放っておくわけにもいかなかった。


「あんまり行きたくないなぁ。暗闇のトイレって何か嫌だよね」


「俺だって嫌だよ。暗闇の女子トイレなんて」


 しかも、女子トイレというのが男子が侵入するんは非常にハードルが高い。

同級生に見られながら女子トイレに侵入するなんて、どんなプレイかと問いたくなる奇妙な状況だ。


「ジャンケンしようぜ、俺はグー出すからな」


 拳を掲げて、極限まで男らしくない男の勝負をカンナに向けて挑んだ。

勝負の舞台に上がった相手の器を測る、幼き時代では精神攻撃にも使われた稚拙なこと極まりない駆け引きである。


「うわー、出た。その小学生レベルの読み合い」


「他人事みたいな顔してんなよ。お前もジャンケンだぞ、燐花」


「まあ、あたしは別にいいけど。じゃ、チョキ出すから」


「意外と燐花も結構ノリノリだよね」


そうして、童心に返ったジャンケンの結果。


「ちっ、しょうがないか」


「ふふっ、自分からくだらない心理戦を仕掛けといて負けてるし……女子トイレ。ぷっ、もうだめっ、あははは!!」


声を押し殺しながら爆笑する燐花はとても愉し気だった。


「そこ、ツボってんじゃねーよ!」


 選ばれし戦士はトイレの中を行進することになり、楓人は入口でゆっくり深呼吸をして芳香剤の匂いを吸い込んだ。

 古来より策士は策に溺れるというが、言い出しっぺには裁きが下るように出来ているようだった。


「ふーっ、面白かった。まあ、応援してるわよ」


「おい、携帯のカメラ構えてんじゃねーよ。撮影禁止だってカメラ頭の人も言ってるだろ」


「さすがに可哀想だし、やんないわよ」


 そうして楓人は女子トイレに突入を開始するが、そもそも女子達は男が自分たちの使用する場所に入ることに羞恥がないのか。

トイレ内は暗闇で不気味だったが、個室には当然ながら誰もいなかった。


「これだけじゃ仮説には弱いか・・・・・・」


 奥の個室のカギに触れると、噛み合わせが悪いのか妙な音を立てる。

極限状態では色々な音だって風の音だって人の声に聞こえることもあるが、恐らくそこまで単純に答えを出せる真相ではないだろう。


この都市伝説の真相は人の悪意どころか習慣が偶然にも噛み合った結果だ。

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