第4話:都市伝説研究部 活動日誌2
「それで、今日はどうするわけ?」
「とりあえず、大まかな方針は考えてきた。反対意見は後で聞く」
楓人はホワイトボードに黒のマーカーで、部内で取り上げようと決めていた先程の三つの都市伝説を書き連ねる。
そこから、名前的には一番胡散臭いトイレの冥子さんに黒い丸を付けた。
「とりあえず、この三つについて調べてみようと思う」
都研の活動は主に、都市伝説の背景に何があるかを調べる事。
時には定期的に発行される会報のバックナンバーや元となった場所を直接見に行ったりもする。
過去にはこの街には隠された首塚があるという都市伝説を図書館や聞き込みで解明して訪れたことがあり、正体は二十年前に死んだペット達を大地主が埋葬した墓だったというオチだった。
部活として実績を残さなければならないので、会報を刷って文化祭で生徒に配ったり観光用に発行されている地域新聞に載せて貰ったりもしていた。
都市伝説の元になった出来事を解明するのが都研独特の面白みだ。
「やけに三つ目の大鎌でって奴だけ具体的じゃない?」
「下駄箱鎌は後にしよう。冥子優先だ」
「何そのネーミングセンス!!ばっかじゃないの……ぷっ、あはははは!!」
妙にツボに嵌っている燐花さんは放って置いて話を進める。
燐花は前から妙にツボが浅い所があり、思い出し笑いをして楓人に放置されることがよくある光景だ。
正直、面倒臭いから名付けただけで面白いとはとても思えない。
「なあ、少し思ったのだがいいか?」
光が眼鏡をクイッと上げて真剣な顔で質問し、三人の目線が彼に集中するが、楓人は知っていた。
この男が所作だけはやけに知的かつ意味深に切り出した場合は、大体がどうでもよすぎる内容だ。
「冥子という名前、センスがあると思わないか?」
「・・・・・・はい、次の人」
こういう時の後処理も担当する燐花が雑に先輩の振った話を粉砕する、光と燐花の漫才は都研の日常風景と化していた。
これに柳太郎が混ざると燐花のツッコミスキルが追い付かなくなるので、都研最高の常識人の椿希が必要になってくる。
「確かにそうですよね。お化け感出てる上に語感も悪くないな」
「楓人、余計な拾い方するんじゃないわよ。拾われるだけで人生満たされる人なんだから」
「俺が拾うだけで先輩が幸せになるなら、幾らでも拾ってやるさ」
「あんたが爆発物まで拾うから、大惨事になるんじゃない!!」
しれっと笑顔で答える楓人に噛み付く燐花もよくある風景の一部だった。
一人で縦横無尽のツッコミを披露する燐花はさすが部室でお笑いを見る愛好家なだけはある。
「さすがだな、楓人。俺はお前の思考の柔軟さを高く買っているぞ」
「俺も先輩の意味不明な所は本当に尊敬してます」
「・・・・・・ありがとう。俺はいい後輩を持った」
「アホか、あんたら。楓人もさりげなくボロクソ言ってるし」
燐花の体力も限界を迎えそうなので軌道修正して都市伝説の話に戻る。
カンナはこの空気に入ろうか燐花に味方するかを迷っていたようで、冷静なツッコミを聞いて安堵した表情を見せていた。
燐花のように時に毒があり、キレを見せるツッコミ役を務めるのは彼女の性格的にも要求値の高い役割である。
「とにかく、話を一回整理しよう。俺が今日に得た新情報を含めて話をするか」
基本的に都研のミーティングは楓人が進行を務めているので、ホワイトボートにマーカーを走らせて情報を書き出していく。
いつ・どこで・何が起こったのかを全員で共有しておくのは都研における基本的な作業で、どんな都市伝説を取り扱う時も必ず行う。
まずは最初に取り組むであろう、トイレの冥子さんだ。
「真面目に話をすると一か月前だ。記憶によれば十日の夜に明日のスピーチの原稿を忘れて、校内を歩いていた女の子が不意にトイレに行きたくなったそうだ」
「自宅で用を達してこなかったのか?愚かとしか言いようがない」
「えーっと、そういう問題じゃないと思いますけど……」
カンナがひっそりと突っ込むが光は何がおかしいのか、ふふふと笑うばかりだ。
楓人もそういう空気には慣れているので構わずに進める。
「それでトイレの個室に篭っていたわけだが、不意に個室の外から笑い声がしたそうだ」
「お腹の音とかじゃないのか?」
「お腹がふふふとか言ったらホラーでしょ……ホラーか、これ」
燐花が年季を感じるノリツッコミを披露し、ホラーを語っているのにまるで緊張感がなかった。
「最初は足音だけだったらしいが、トイレの前で足音が止まって笑い声がしたって流れだ。もちろん、行きで職員室にも誰もいないことは確認されている」
ちなみにこの話は柳太郎が詳しかったので、主にそこから仕入れた。
椿希の友人達にも都市伝説の発表会の準備だと言ったら快く話してくれたのだ。
楓人も話す相手に困らない程度の友人はいるが、顔の広さでは最高クラスの柳太郎と日頃の行いで好意的な女子の友人が多い椿希のおかげで調査が捗る。
「現実的に考えたら宿直の人とかだよね。笑う宿直さんがいたらホラーだけど。あ、ホラーだった」
「そもそもさ、学校の鍵が開いてるのもおかしいわよね」
「ということはだ、誰かが先に中にいたんだろう。雲雀の言うように泊まりか夜遅くに仕事をしていた人間だろうな」
カンナの発言を機にメンバー内は真面目な発言ばかりになっていく。
都市伝説研究部に所属するメンバーはお茶を飲むだけのこともあるが、通常では考えられない未知を愛する探究者だ。
真面目な話になれば、知恵を絞って都市伝説を議論する熱意もあるのだ。
「ちなみに楓人はどう思う?」
色々と一生懸命に考えていたカンナが唐突に話を楓人に振ってくる。
先程から発言を抑えて楓人が何か考え込んでいるのが気になっていたのだろう。
確かにこの奇妙な都市伝説に関する考えはないこともない。
その考えの全てをその場で告げることは出来なくとも、仮説に近いものは何となく浮かんでいた。
「例えばの話だ。その用務員と女子生徒がトイレで鉢合わせしたらどうなる?」
楓人が考えたのはカンナから聞いた、用務員も目撃者であるという点だった。
夜とはいえ同じ校舎と階にいて、走って逃げたであろう女子生徒に気付かないというのもおかしな話だ。
時に学校の機器のメンテナンスを行う用務員はトイレにも立ち寄る必要があるため、トイレで二人の人間が出会う状況は考えられる。
トイレに篭る生徒と用務員が鉢合わせしたならば、恐怖と不安から招く錯覚が会談を生んだ可能性は否定できない。
誰もいないはずの校舎で人の気配や息遣いがするだけでも、正しい判断が出来なくなた末に不気味な怪談に発展しても不思議はないからだ。
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