第3話:都市伝説研究部 活動日誌1

「そういや、何回否定しても結局は彼女確定にされてるな」


「イチャイチャベチャベチャしといて付き合ってないって方が信用されんだろ」


「その泥団子こねてるような効果音は何だよ」


「私がどうかしたの?」


 妙な流れになった時、背中からカンナの声が聞こえて楓人は慌てて振り向く。

きょとんとした表情も可愛らしいが、楓人も容姿を直接褒めることもない。


「雲雀さんと楓人が付き合ってるように見えるかって話をしててよ」


 これまた余計なことを伝える柳太郎には、後で焼きそばパンを奢らせよう。

 隠した所で不審がられてはいただろうし、柳太郎もこれで気遣いの出来る男なので本人に言っても大きな問題にはならないと踏んだのだろう。


「一応、付き合ってはいないけど……」


 躊躇いがちに返答するカンナだが、最初に“一応”を付けられると周囲に要らぬ誤解を招きそうだった。


「楓人は雲雀さんのこと大切に思ってるって言ってたぜ」


「柳太郎、大分緩くて素敵な口を持ってるみたいだな」


「・・・・・・わ、私も楓人のことは大事に思ってるよ」


 心から嬉しそうにカンナは微笑んで、そんな可愛いことを言ってくる。

 気持ちを素直に口にする所とか、楓人への好意を隠さない辺りは時に戸惑うこともあった。

 まだ、本当の意味で彼女と向き合う準備も覚悟もないというのに。


「お、おう……そうか」


 さすがの自称知的な楓人も照れるしかなく、そんな二人を砂でも食ったような顔で柳太郎と椿希は見つめていた。


「おい、椿希先生。どう思うよ」


「……黒に近い灰色」


 柳太郎が仕方なさそうに苦笑し、椿希は少しばかり拗ねている様子だった。


 その後は助け船の如く教師が入って来たので、解散の流れとなった。


 楓人は授業はそれなりに聞く方で、成績もそこそこいい方だ。

 授業内容も前回の復習なので、この時間を有効活用して調べる都市伝説を纏めておくことにした。

 メモを見られたら都研の発表会の準備と言い訳しよう。

 思う所があって、すぐに調べられそうな都市伝説は三つだった。

 暇な時間や合同授業の時に生徒から部活動だと言って集めたのだ。


『トイレの冥子さん』、『人食い狼』、『下駄箱を深夜十二時ジャストで潜ると亡霊に首を狩られる』。


 都研における都市伝説の定義はわりと曖昧で、人から人に伝わっていく裏話程度の認識を共有しているだけだ。

 今回もありがちで、ご丁寧にパクりっぽい名前まで貰った都市伝説が無事に出揃ってくれた。他にも幾つかあるのだが、今の人数で扱うには丁度いい数だ。


 一つ目は放課後のトイレの外で何度も何度も笑っている女子の声を聞いた話。


 二つ目はカンナが持ってきたもの。


 三つ目は下駄箱で深夜零時に大鎌で首を狩られるという妙な噂だ。


 取り組むべきは人食い狼の方だろうが、そちらは特殊な手を打たねばならないので後回しにせざるを得ない。

 先に携帯で二人にメールを送信しておくが、一人目のカンナには“今夜、外出する”と後で伝えるだけで十分だろう。

都市伝説とはこの世界の歪さを具現化する伝承でもある。

三つの都市伝説について、部長として少しは放課後までに調査を進めよう。


そうして、放課後になってカンナと二人で部室まで歩く。


「何か情報は入ったか?」


「二組の鷹島くんに彼女が出来たらしいよ。都市伝説方面は、用務員さんも笑ってる女の子の声を聴いたって言ってるくらいかな」


「鷹島の恋愛事情は知らないが、こっちは色々わかった。後で皆の前で整理しよう。下駄箱鎌に関しては俺達で調べる」


「あはは、下駄箱鎌……」


 適当かつ嫌な響きの略称にカンナが苦笑する。


「下駄箱に深夜十二時に現れる謎の影って言うの面倒くさいだろ」


「まあ、それはそうだけどね」


 くだらない事を話している間に部室に到着し、目的地の更衣室という程度の小教室にはテーブルと六つのパイプ椅子。

 その内の一つには女子生徒が腰掛けて携帯で動画を見ている。


「あ、やっと来た。こっちは早く終わって暇だったのよね」


 茶色がかった髪を左右で括り、気の強そうな瞳が楓人とカンナを順番に見比べる。

 やや小柄でスレンダー気味だが、女子としては平均くらいの身長だろうか。


こう先輩はまだか?」


 この同好会において唯一の三年生が葛城光かつらぎ こうで、見た目は格好のいいメガネが光る真面目系イケメン男子である。

 言い直そう、外見で騙される人間も多いが見た目だけは以下略の男である。


「さっき顔見せたけど、どっか行ったわよ。トイレとかじゃない?」


「そうか。お前もまだなら済ませとけよ、トイレ」


「女子にトイレを促せるデリカシーの無さは誇っていいと思うわよ」


 若干引いたようにメンバーの一人、菱河燐花ひしかわ りんかがじとっと楓人に目線を投げる。

 彼女とは軽口を叩き合える関係なので、この程度の言い合いであれば本気で気分を害することもないはずだ。


「デリカシーねえ、幼稚園では教わらなかったな」


「こ、こいつ……」


 燐花の怒りのボルテージが上昇した瞬間、ガラリと教室のドアが開く。

 そこには先程にも話題に上がっていた見た目は知的でイケメンの眼鏡男子が意気揚々と立っていた。


「遅くなって済まなかった。中々に出なくてな」


「絶対、最後の情報いらないわよね・・・・・・」


 もはや都研のツッコミ職人と名高い燐花がひっそりと突っ込むが、光はハツラツとした笑顔を浮かべながらスルーした。


「よし、じゃあ人数も揃ってるから始めるか」


「一応、仁崎くんはバイトで椿希は手芸部で欠席だって言ってたよ」


 柳太郎もここに所属していて、普段は出てくるが今回はパス。


 姉や両親とは離れてこの街に残り、実質は一人暮らしなのでバイトをしている。

椿希は人数不足もあって兼部してくれているが、参加は三回に一回程度だ。

 全員が揃う日も限られているのでメンバー内で順番に日誌を付けていて、何を話し合ったかが後から見られるようにしている。



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