第2話:始まりの都市伝説-Ⅱ


「そういや、今日は都研に出る日だったな。お前はどうする?」


 ふと、思い出した楓人が道中でカンナを一瞥した。


 ―――通称は都研、都市伝説研究部。


 楓人が何とか部員を集結させて創設した部活で、総じて六名で構成される。

楓人のカフェ経営や作業も含めて、それぞれの都合もあるので開催は二、三日に一度ほどに抑えられていた。

 何故か与えられた部室で仲良く駄弁るだけのことも多いが、気の合う仲間達と一緒に楓人自身も楽しくやっていた。


「出るつもりだよ。今日は特に用事もないし」


「お前が持ってきた犬の話はするなよ。こっちで少し調べてからだ」


「何か可愛くなってるけど狼だってば……」


 二人が向かっている先は蒼葉北あおばきた高校、通称蒼北は学力面における全国的な偏差値で言えば並みである。

 スポーツもサッカーと野球がそこそこの成績を残している程度で、他に特筆する点もほとんどない良くも悪くも普通の学び舎だ。


 対して、蒼葉北高校が設立されている蒼葉市自体は、都市伝説の多い街として広く知られているのだ。


 市内に大災害で一時崩壊した復興地区があり、噂を呼ぶ要素が多い為か蒼北自体にも七不思議の類が多いのは特徴と言えば特徴か。


「おはよーっ!!」


 カンナは陽気な笑顔と共に挨拶をし、教室の方々から返答が返ってくる。


 明るく心優しいカンナは教室内でも人気者で同性の友人も多い方だ。

 楓人も友人はいる方だが、誰とでも仲良くなれるという一点に関してはカンナには敵わない自覚があった。

 以前に別々に登校するかとも訊ねたが、カンナは一緒に行きたいと絶対に譲らなかった過去もある。


ちなみに今では同居がバレた時の言い訳で、遠縁の親戚で仲が良いということになっている。


「よう、相変わらず今日も仲いいな」


「まあな。それで教室の雰囲気が少し暗いけど何かあったのか?」


 教室に入って自席に近付くなり話しかけてきた男友達の仁崎柳太郎にざき りゅうたろうに訊ねる。

柳太郎とは小学四年生からの長い付き合いで、学校内でも最も仲の良い話し相手の一人だった。


 楓人は教室に入った時に生徒達の間に漂う異様な雰囲気を感じ取っていた。


 原因は主に女子の噂話のようだが、男子も何か知っているかもしれない。


「あー、何か殺人事件があったって話だ。ニュース見てねーのかよ?」


「今日は見てないな。ここから近いのか?」


 普段は重要な情報源となるニュースは見るようにしているが、時間が押したせいで見損ねた。


「二十キロくらい離れた美崎町みさきちょうってとこだ。それも腹を喰われたみたいな傷があったんだってよ。怖いご時世だねえ」


「身近で起こるとたまらないよな」


 柳太郎はげんなりした顔を見せ、楓人もそれには同意しながらも頭の中を過るのはカンナの言っていた都市伝説だった。

 持ってきた話を丸投げしておいて何だが、これはカンナだけに任せておく話ではなくなった。


「珍しく深刻そうな顔してるじゃない。何かあったの?」


 そこへ、同じく二人と付き合いの長い友人が入って来て、物騒な話題は終わる。


 長い黒髪が印象的で一見するとクールだが、中身はただのお人好し。

 それが小学二年生からの付き合いである、夏澄椿希かすみ つばきだった。


「オレらが真面目な話をしてる時間が微塵もないような言い方だな」


「そこまでは言ってないわ。それに変な話になる原因はほとんど柳太郎のせいじゃない」


「ああ、俺は柳太郎よりも知的な男だからな」


「客観的に見てもオレのがインテリジェンスだろ。確かに楓人は腰が座ってるつーか、落ち着きみてーなもんはあるけどよ」


 実年齢が満十八歳の男は頭の悪そうな横文字混じりの反論を黙って聞いていた。

一部の人間以外には語れない事情で、皆よりも一年多く生きていれば多少は大人っぽいのも当然かもしれない。


「楓人も悪ノリする癖はあるけど、柳太郎よりはよっぽど知性を感じるわよ」


「へっ、その評価の差は楓人への個人的なアレやコレがあるからだろ」


「柳太郎がそうやって目に見えた地雷を踏んでみる所、私は尊敬してるわ。度胸が試される職業が向いているんじゃないかしら」


 何かが椿希の怒りに触れたらしく、皮肉めいた口調で柳太郎に言う。

その言葉と笑顔には無言の迫力があり、柳太郎は“しまった”と言いたげな顔で目を逸らす。


「オレは安定した職に就いて、マイホームを買うんだよ」


「意外と真っ当で堅実な夢だな」


「人間は普通が一番だからな。普通のまま年食って屁をこいて死ぬ」


「間に屁をこいた意味が気になるが、将来設計が叶うといいな」


 柳太郎は大切な友人なので、心から幸福になって欲しいと思っている。

普段は適当な所もあるが、この男がどんなに真っ直ぐな心を持った人間かは楓人が一番知っていた。


「一緒に幸せな家庭を築いてくれる相手がいるといいわね」


「うるせーな。いつかオレのことを評価してくれる相手が現れるさ」


 まるで全く女子に縁がないような発言を本人はしているものの、柳太郎はむしろ異性からモテる部類に入るだろう。

言動が子供っぽいとか諸説あるようだが、以前には柳太郎を紹介してくれと頼まれたことだってある。

 結局、その時は椿希にも相談して取り持ったのだが柳太郎から断ったようだ。


「むしろお前の方がモテるくらいだし、捨てたもんじゃないさ」


「お前には安心と信頼の雲雀さんがいるからなぁ・・・・・・」


 謂れのない感情を込めた半眼で視線を受ける楓人。


「カンナと俺はそんなんじゃないって言ってるだろ」


「「………」」


 その発言を受けて仲良く顔を見合わせる柳太郎と椿希。

 楓人の反論を信じていないというか、二人とも何とも言えない表情に見えた。

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