第1話:始まりの都市伝説
とある春の朝の風景だった。
「人を喰う狼、ねぇ……」
ちゃぽんとコーヒーカップを洗剤との混合水の張ったボウルに着ける。
黒髪黒瞳、特筆する容貌でもない少年は面倒臭そうな表情で欠伸をすると、目の前のカウンターに腰掛けた少女を一瞥した。
街角にあるカフェの店内は濃色の木造りで、訪れる客の為に落ち着いた雰囲気が演出されている。
「そんな胡散臭い目で見なくても……」
目の前のカウンター席に腰かける少女は掛け値なしに端麗な容姿をしていた。
人工的ではない美しい金色の長髪、あどけなさを少しばかり残した親しみやすい美貌に加えて抜群のスタイル。
そんな彼女は目の前の男が自分をこうして邪険に扱うのが不満である様子だ。
「いいか、カンナ。この世の中には山ほど都市伝説がある。ウチの学校にも色々あるだろ?」
「音楽室のピアノが勝手に鳴るとかじゃないの?」
カンナと呼ばれた少女は少年の問いに対して首を傾げて考え込む。
「ああ、そうだ。それは学校の見回りした時に俺がお茶目したせいだけどな」
宿直が泊まり込みをする日は調査済みと油断した末に起こった悲劇で、楓人自身の迂闊さは反省するとしよう。
「……衝撃の真実だよ、
カンナが半眼で楓人をじとっと眺めるが、特に気にした様子も見せずに引き続き朝食後の皿洗いに勤しむ。
なお、留年はしていないにも関わらず高校二年生になりたてという、通常では計算がどうしても合わない不可思議なトリックが存在する。
このカフェ、『
学校に通う他の生徒とは違う生活にもとっくに慣れてしまっている。
「とにかく、俺が言いたいのは都市伝説なんて八割程度は眉唾ってことだ」
「それを言い出したら私達はお手上げじゃないの?」
「だから、どんなに怪しい話でも腰を据えて検証する価値はある。それが眉唾じゃない二割を見つける方法だ」
人の噂が広まることで生まれる『都市伝説』には必ず元となる出所があり、話の枝葉を辿れば信憑性の有無に関わらず仮説までは辿り着く。
無論、例外はあるが未確認生物・幽霊・陰謀から日常の噂。都市伝説とは噂によって姿を変える、ジャンルを超えた未知の情報集合体だ。
しかし、そこで首肯を返したカンナはあることに気付いて再び首を傾げた。
「あれ?怪しい話でも検証するなら私、なんで胡散臭い目で見られたの?」
「お前が持ってきた話、大体空振りだし」
コーヒー用スプーンを綺麗に拭きながら事も無げに返答する。
「あー、失礼しちゃうなぁ。私だって楓人の役に立ちたいなって日頃から頑張ってるのにさ」
「わかってるよ、ありがとな。それでも噂ってのは嘘も誇張もあるもんだ。皆を説得したいなら、もうひと頑張りだな」
膨れっ面で抗議するカンナと表情を和らげて宥める楓人。
相棒に対して口は悪いこともあるが、互いに認めるパートナー同士の二人の間には目に見えない確かな信頼がある。
かく言う楓人も彼女の欠点は知っていながらも、信頼が構築されて以降は人柄を疑ったことは一度だってなかった。
「とにかく、お前が持ってきた話だ。少し調べてみればいいさ」
「それはいいけど、楓人は手伝ってくれないの?」
「お前なら、まあ……程々にやるだろ。こういう眉唾気味な話も最初は自分で調べた方が面白いしな」
「なーんか、含みがあるような・・・・・・」
「変な意味じゃない。俺がカンナを頼りにしてるのは知ってるだろ」
カンナに色々言う時はフォローを入れることにしている。
参考書として活用している『三十分でわかる組織のリーダー』の教えでもあるが、楓人自身は彼女なりに努力していることは百も承知なのだ。
なまじ信頼関係があるから言い過ぎることもあるが、支えてくれている心優しい相棒を傷付けるのだけは避けたい。
「頼むぜ、俺のパートナーはお前しかいなんだからさ」
素直に彼女への気持ちを含んだ信頼を言葉にして、しっかりと彼女には伝える。
ちなみにカンナの年齢は一応は十七歳ということになっており、ただし学年は楓人と同じという盛大なトリックが再び発生している。
「も、もう。しょうがないなぁ……」
もじもじとカンナが嬉しそうに目を細めるのを、猫みたいだと思ったりもする。
「それじゃ、
楓人が急いで制服の袖に腕を通す間にカンナはとてとてと二階に上がって行き、すぐに一人の男を連れてきた。
寝起きで目は全く開かないが、とりあえず生命活動は行っているのはわかる。
肩まで伸びた髪、起きていれば整った風貌をした男で年齢は二十五歳。
さすがにこの年齢と達観したような雰囲気で高校生への擬態トリックは通じない。
「おい、起きろ。店頼んだぞ、店長代理」
「ふぁい、お任せください。オーナー」
楓人より年上ながら敬語で話す知人は欠伸をしながら、洗面所で顔を洗う。
本来は親戚という設定の彼には敬語を以て接するべきだが、本人の希望で拒否された過去がある。
ようやく、徹夜気味で死にかけていた表情がきりっとしたものになった。
「それでは、二人ともご無事で」
「昼の学校なら大丈夫だろ。それに―――」
楓人が不敵な笑みを浮かべて続ける言葉には、はっきりとした自信が滲んでいる。
「万が一、何かあれば俺達が対処するさ」
「そうそう、私もいるし大丈夫だって」
「何事も念には念をです。それでは、帰りは羊屋のメロンパンをお願いします」
羊屋とは楓人達が通う学園の近くにあるパン屋の老舗で、隠れたファンが多い穴場でもある。
あの店のカスタードメロンパンは思い出すだけでたまらない絶品だ。
「わかったよ、店を見てくれてるんだ。それくらいはな」
「素晴らしい部下への配慮、さすがは我らがリーダーですね」
「まあな、もっと誉めていいぞ」
三人を含むコミュニティーと呼ばれるチームに所属するメンバーは掲げる一つの方針の下で、とある活動に日々勤しんでいた。
彼らの正体は当然、楓人達の陣営と一部の関係者以外は誰も知らない。
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