第8話:夜の影-Ⅳ
楓人のような人ならざる者、それは夜の世界では『
彼らが特異な物理現象を発現できることが人を超えた証で、この敵の場合は大鎌に似た物と思われるが、ただ一つのみ自分自身を力の形にする。
日常生活では何の役にも立たない異常な力。
この具現化された力もまた、誰が名付けたか
楓人は今、
つまり、楓人は変異者として強化・向上した単純な身体能力のみで対等の条件ではない敵を圧倒している。それは変異者としては何よりの絶望だった。
「ここから逃げたきゃ使えよ、
「・・・・・・・・・・・・ッ!!」
ボウ、と空間が妖しげな紫色の輝きで照らされる。
鎌の刃の根元にある紫色の水晶が放つ光は
そんな超常に足を踏み入れた証を前にして、あえて丸腰で敵を挑発しながら戦っているのには理由がある。
鈍い風切り音と共に空間を削る大鎌を避けた楓人は後ろに跳んだ。
固有の機能を有する
刃に削られた部品の金属はサビを零しながら崩れ、壁はまるで経年劣化したように色褪せて零れ落ちる。
やはり、普通であれば斬られたら終わりの類いだ。
見た目の変化のなさの割に強力な能力で、あの大きな刃に一度でも捉われれば人間の肉体をも侵食して壊す残虐な刃だ。
対峙する敵が引いて勢いを得たのか、男は更に一歩踏み込んで刃を振るう。
なまじ一撃に勢いがあるだけに一度は守勢に回るしかない。
楓人が丸腰である事実に加え、この能力を発揮した時点で男の優勢は明らかだ。
だが、その確信と常識はすぐに覆される。
「なっ・・・・・・!?」
つい仮面の奥で声を漏らす程に楓人の取った行動は異常だった。
振るわれた刃を楓人は右手で真っ向から受け止めに行ったのだ。
手のひらをまともに両断する刃は斬った者を蝕む魔性の武具。
触れればただでは済まない、そんな常識をあっさりと楓人は覆す。
ただ一つの手を魔性の鎌は蝕むが叶わず、不可解な金属音と共に受け止められて切断することも出来ない。
右の手のひら、その周囲にわずかに漂う黒い霧のようなものが浸食を許さない。
「よし、捉まえ・・・・・・たッ!!」
渾身の左の拳が男の腹にまともにめり込み、軽々とその体が宙を舞った。
楓人の身体能力から繰り出される一撃は、身体能力が大幅に向上している“変異者”であろうとも正面から喰らえばただでは済まない。
男は気丈にも立ち上がろうとしたが、強烈な一打のせいで膝が笑って立てない。
「やっぱり、あの糸を仕掛けたのはお前じゃなかったな」
楓人があえて丸腰で戦い続けて
カンナからは合図がないのを見ると向こうには敵が行っていないはずだし、戦闘になってもカンナと燐花は簡単に捻られまい。
糸を排除する時に周囲への警戒が薄れるが、その為にも楓人と同じく身体能力に優れるカンナを付けた。
糸を掴んだ時に気付いたが、あれはただのピアノ線などではない。
並みの人間が触れれば、容赦なく輪切りになる切断力を持っていた。
「とりあえず、無駄な抵抗は止めとけ。別に命を奪うつもりはない」
「くっ・・・・・・!!」
反撃を試みようと握る鎌が楓人の蹴りで壁際まで吹き飛び乾いた音を立てた。
「ただし、全部吐いて貰うぜ。仲間のことまでな」
悠々と携帯を取り出すと連絡先一覧から後始末をさせる人間を呼び出す。
通話しながらでも意識を男に向けているし、一歩でも動けば足で粉砕できる。
この男が例え知らない能力を隠し持っていても、楓人を一撃で倒すのは不可能な理由をまだ見せてはいない。
「さて、すぐに迎えが来るから大人しくしてろ。ああ、これ以上の抵抗の意志を見せたら命の保証は出来なくなるぞ」
特に凄んだり相手を態度では威嚇をしたつもりはないが、男は抵抗を無駄だと悟って大人しく捕まっていた。両者には殺そうと思えば殺せる実力差がある。
―――そして、必要とあらば実行する意志が伝わったのかもしれない。
無論だが人殺しなど変異者相手でも許されていいことでもなく、生きている相手の命を奪うのには強い抵抗はある。
犯罪者を捕えたとしても並みの警察には預けられない。
敵の命を奪わずに拘束する為に後処理を正式に行える協力者はいた。
こうして無事に今回も男は捕らえられて搬送されていった。
「さて、帰るか。もう夜も遅いしな」
肩の力を抜いて階段を降りると、糸の処理に当たっていた二人と合流する。
「ふう、全部糸撤去したから疲れちゃったじゃない」
「仕方ないだろ、放っておいたら明日は生徒の死人が山ほど出るぞ」
「わかってるってば。だから残業してまでチェックしたんだから」
楓人の怠慢で死亡事件になったら、寝覚めが悪いというレベルではない。
そんなことにならない為に仲間と共に戦っているのに死人を出しては本末転倒だ。
「お疲れー、燐花。都市伝説も二つ真相がわかったし、すっきり眠れるよね」
底抜けに明るい笑顔で、カンナが伸びをしながらそんなことを言う。
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