星
賢者テラ
短編
学級崩壊で手の付けられない学級に新しい先生が来た
これで三人目
子供たちは遊び感覚で
次は何か月で追いつめられるだろうかと賭けをする
いや 何週間でにしようか
そうしたら記録更新だ
新しい先生は風采のあがらない男の先生
え~私の名前は……
自分の名前を黒板に書く
誰も見ていないし誰も聞いていない
先生は焦る気配もなくマイペース
普通だったら最初が肝心だということで声を張り上げる
なめられたら終わりとばかりに大人の威厳を振りかざす
中にはあきらめて喧噪の中淡々と授業をする先生もいる
最初に先生はポツリと言った
私はみなさんが聞く姿勢を持つまで授業はしません
それっきり先生は隅の教師用の席に座って本を読みだした
もちろん私たちに真面目に授業を受ける気はない
それで午前中が過ぎた
お昼をはさんで午後の授業になっても同じ
ついに終礼を迎えた
結局先生は何も教えることはなかった
わたしは初めて嫌な気分になった
今までは違った
好き勝手して大人が困るのを見て喜んでいた
どんなに大人が怒鳴ろうが怖くなかった
あんなのは偽物だと見抜いていたから
無駄に年が上なだけ
究極的には無力だと知っていたから
でもこの先生は何だ
怒らない
説教しない
私らにやる気がないならそれでいいという構え
一日自分の好きな本を読んでいる
私は別に先生が授業してくれなくてもかまわない
すでに一年先に学ぶような内容を塾で消化しているから
でも今の状態は気持ち悪かった
なんか私らが負けているように感じた
こんな感覚は初めてだ
一瞬教頭か校長に訴えてやろうかとも思った
うちの担任は授業を全然しません
これをほっといてもいいんですかぁ?
……ダメだ
でもお前たちには授業を聞く気はないんだろ?
そう言われたら返す言葉がない
聞く気のない人間が授業をせよなんて言う資格はない
それくらいのことは私にも分かる
やっぱり私たちはどこかしら負けている
何にもしないあの先生に負けている
一か月が過ぎた
相変わらずの日々
根比べになりかかっていた
その頃になると私たちは授業放棄を楽しめなくなっていた
それまではそんなことなかったのに
おしゃべりをしていてもポータブルゲームをしていても
漫画を読んでいても
義務でやっているようなものだった
要はひっこみがつかなくなったのだ
心の中ではこのままではいけないと思っていた
何かがおかしいと叫んでいた
私は夜一つの結論に達した
間違っているのは私らだ
塾で勉強が進んでいるからといって聞かなくてもいい——
その理屈はガキの浅知恵だと気付いた
いくら頭でこの世はおかしい・大人は間違っていると思っても
自分が今していることではどうしても幸せになれない
笑顔になれない
私 今何のために戦っている?
結局戦っても何も得られないじゃないか
私たちはそれを忘れて——
戦うこと自体がいつのまにか目的になっていたんだ
ある日私は職員室に行った
自分の気持ちを聞いてほしくなったから
先生は本を読んでいた
授業とまったく関係のなさそうな本だ
私はどう声をかけていいか分からなかった
今まで散々無視しといて相談事をもちかけようとしているのだから
何を言われても仕方のない立場にあった
でも先生は私の名前を呼び よくきたなと笑った
授業を聞かず 会話さえまともにしたことのない私の顔と名前を知っていた
結局私は深刻な話を持ち出すことができずに帰った
それは先生が楽しい話ばかりしたからで……
そうそう お前も読まないか?といって本を渡してくれた
私に会うまで先生が読んでいた本だ
題には 『ナルニア国物語』 とあった
これ面白いんだぞ 何だったら今度映画見に行くか?
なぜだか知らないけど私は赤くなった
これな 英語で読めるようになっても面白いぞ
私は英語版と日本語版の二冊の本を渡された
家に帰る時 もともと何しに先生に会いに行ったのかを思い出した
私だけでも授業を聞くことにした
今まで机に座っていただけだった先生は初めて授業をした
私のためだけだった
聞いているのは私だけだったから
私と先生はナルニア国物語の面白さについて話し合った
英語で読むことも始めてた
難しい構文や言い回しは先生に注釈をもらった
周りは騒いでいる中 一対一の授業はしばらく続いた
そのうち仲間が増えた
先生と二人の授業を漏れ聞いた子が興味を示した
実は先生
私『十二国記』という小説が大好きなんです
ナルニアとはだいぶ違うと思うけど……
そういう話が一緒にできる人 誰もいないんです
それも国語の勉強になりますかぁ?
なるとも、なるとも!
十二国記を知らなかった先生はさっそく全巻買って読んだ
私も読んだ
面白い
けれど作者が最後まで書かずに未完になっている作品だった
物足りなかった私らは自分らで続きを作ってみた
先生を中心にしてあーでもない、こーでもないと
日々の授業はそんな感じで進んだ
思えばこの頃が一番充実していた
数週間で先生を追い出せるはずだったけど
数か月で私たちは全員先生の授業を聞くようになった
学年が終わり担任が変わる時になって
私は心から残念に思った
学校を卒業してからしばらくして
先生に会った
おお 元気にしているか
もちろん私の顔も名前も憶えていてくれた
私は聞いてみたかったことを聞いた
どうして先生は注意をしたり怒られたりしなかったのですか
授業を聞かない私たちを放っておかれたのですか
結果としてはよかったわけですけど
先生はどういう信念に基づいてそうされたんでしょうか?
将来 この先生のような先生になりたいと進路を決めていた
今後のためにどうしても聞いておきたかった
おれはな
お前たちが『星』だと思っているんだ
……星、ですか?
そう
星というのは輝くようにできているんだ
確かに人間には人生で迷うことがある
自分が星であることを忘れ
自分が輝けることを忘れて
逆の行動をとることもある
でも 結局は星なんだ
星であることからは逃げられない
いくらそれらしくない振る舞いをし続けても
星なのだからどこかで気づく
そして本来の自分へと帰ってくる
人間は愛するように作られている
向上するように作られている
ひとつになるように作られている
いくらそうでないと思ってそうでない振る舞いをしても
苦しいだけ 何か違和感が残る
私はこどもを信じる
星は最後には必ず輝くってね
自分で気づくしかない
ただ単なる知識の伝達ではムリだ
力による支配や強制も限界がある
自分の力で気づいたことは決して忘れることのない知恵の宝だ
この世界にはしなきゃいけないことなんて何もない
ただ 『したいこと』があるだけなんだ
帰り道 私は思った
ううん それは先生がスゴイからできたんじゃないかな
考え方は素晴らしい
でもそれには「器」というものがいるんじゃないだろうか
私に先生のマネができるだろうか?
いやいや
こんなことを考えるようでは先生の弟子ではないな
私は星だ
それに私は先生じゃない 私は私だ
私なりの輝き方があるだろう
きっと私は私で違う色を出せる
先生
私はきっとこの世を照らす星になります——
星 賢者テラ @eyeofgod
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