第52話『守るべきもの』
早朝。ちょうど日が出始めた頃。
ここ数年俺は、家に住み込みで働く使用人よりも早く起きて活動を始めることが多かった。
季節も本格的に冬に入り、朝方の時間帯はかなり肌寒い。
家の外に出て、普段ソラと模擬戦闘をしている場所まで歩く。
わざわざ俺がまだ誰も起きてこないような時間帯に外に出ているのは、空間制御能力の練習をするためだった。
練習自体は別に室内でもできるのだが、同じ部屋にいるフォナを起こさないように、そして何より、能力をフォナに見られないために外に出てきていた。
正直、能力をひた隠しにする理由らしい理由はないのだが、この12年、誰にも空間制御能力を明かさずにきた。
両親やソラは俺が何かしらの能力を持っていることに気付いているようで、様々なタイミングで探りを入れてきているが、全て誤魔化している。
しかし先ほども言った通り、この能力を隠す理由は特にない。
最初は能力のことを話すならば、自分が転生者であることも明かさなければいけないような気がして、隠し通していた。だが冷静に考えてみれば、能力と転生に関連性はない。空間制御能力についてのみ話すことだって出来る。
それでもなお隠し続けているのは、今までもそうだったからこれからもそうしようという保守的な考えや、一度能力などないと言ってしまった以上、それを覆すのは嘘を自ら明かしていくのと同義であり、なんとなく気が進まないという子供っぽい思考の結果だった。
だから今は、一応形だけ能力を隠して行動しつつ、もし能力を使用しているところを見られてしまったのなら、その時は素直に話してしまおうと考えていた。
この10年で体が成長するのと同時に、保有魔力量も増えていた。
しかしながら、10年にわたる空間制御能力の使用や、身体強化訓練によって魔力の量は明らかに増えているにもかかわらず、空間制御能力を十分に使用するにはまだまだ足りないようだった。
では10年前から出来ることが変わっていないかといえば、それは違う。
俺は少ない魔力で空間制御能力を使う方法を編み出していた。
空間制御能力は特定の範囲を結界で区切り、その結界内の空間を制御化に置く能力だ。
魔力さえあれば、結界内で魔術が存在することを禁じたり、瞬間移動なども可能だ。しかしそういった本来存在しない法則を結界内で適用するには相応の魔力が必要になり、現状の保有魔力量はそれに遠く及ばない。
ではできる限り消費魔力を抑えるためにはどうすればいいのか。
俺が出した結論は、結界内の空間を可能な限り狭くするといったものだった。
要は、独自の法則を適用させる空間が広ければ広いほど消費魔力が増え、結界維持にも相応の魔力が必要になる。結界を可能な限り狭くすれば、結界の維持にも、独自の法則適用にも、使用する魔力は少なくて済む。
しかしながら、結界を狭くしてしまえば瞬間移動は意味をなさないし、そもそも自分や他者が結界内に入ることもできなくなる。
ならば、結界内に入る必要がない使い方をすればいいだけのこと。
イメージするのは、限りなく薄い板。
薄く薄く、結界内の空間が限りなく少なくなるように範囲を指定し、結界を構築する。
適用する法則は、結界内へのあらゆるものの侵入拒否。
薄く板状に構築された結界は、あらゆるものを通さない強固な盾となって、俺の目の前に浮いていた。
縦横の長さ、およそ1メートル。厚さは紙ほどもないだろう。光すらも遮るため夜空より黒いそれは、俺が能力を解除するまでいかなるものも通さない。
これが、俺が現状できる空間制御能力の使い方だった。
障害物さえなければどこにでも展開可能な盾。空中での足場にしたり、可視光線のみを通過するように法則を変えて透明な壁を作るなど、使い方によっては色々なことができる。
攻撃にはあまり使えないが、問題ない。
この力はもとより、フォナを危険から守るためのものなのだから。
◇◇◇◇◇
空間制御の練習を終え、そのままの流れで身体強化の訓練に移る。今日はソラが用事で家を空けるらしく、それに伴い訓練も休みとなったので、それを埋め合わせるための自主練だ。
1時間ほどいつものメニューをこなして家に戻ると、玄関入ってすぐのところでソラがタオルを持って立っていた。
普段はまだ寝ている時間のはずなんだけど。
「おはようございます、です」
「うん、おはよう……もしかして、見てた?」
「はい」
「……いつから?」
「最初から、ですよ?」
「あぁ……」
なんだか墓穴を掘りそうな気がして、俺はそれ以上聞くのをやめた。
空間制御能力のことを話さなければならなくなる日は、そう遠くないのかもしれない。
◇◇◇◇◇
俺の運命力やフォナの運命力に関係なく、不幸な出来事が起こることもある。
少なくとも始まりは、誰のせいでもなかった。
◇◇◇◇◇
ソラによる訓練がなくなったことで暇な時間ができた俺とフォナは、森に遊びに来ていた。
冬の森は危険な獣がほとんどいないため安全で、寒さに目をつぶれば遊び場に最適だった。尤も、この世界に娯楽が少ないからそう感じるだけかもしれないが。
しかし、遊ぶといっても森は森でしかないわけで。
出来ることといえばフォナと追いかけっこをするか、木に登るか、そこらを散歩するか、ぐらいしかない。
それでも、森に子供だけで入れるのは冬だけということもあり、俺たちはそれなりに楽しく遊んでいた。
月並みな言葉だが、まさかあんなことが起こるなんて、誰も予想していなかった。
始まりは、フォナが木の根に躓いたことだった。
もしこの時に俺がフォナの横を歩いていたなら、咄嗟に支えることもできただろう。しかし、フォナの先を行くように歩いていた俺は、フォナを支えることができなかった。
転びそうになったフォナは、近くにあった木に手をついた。
それは偶然。たまたま近くに木があったからだ。
けれど、ここから先はきっと、偶然じゃなかった。
フォナが木に手をついたその瞬間、木に触れた位置が突如として燃え始めた。
フォナは慌てて手を離すが炎の勢いは衰えることなく、それどころかさらに激しくなり、瞬く間に木を包み込んだ。
咄嗟にフォナの手を引いて木から離れる。
「フォナ、火傷してないか?」
「う、うん。大丈夫……だけど、どうして……」
パチパチと音を立てて燃え続ける木。火の勢いからして他の木に燃え移るのも時間の問題に思えた。原因は分からないが、今はそんなことを考えている場合でもなかった。
「とりあえず、誰か呼ばないと」
このまま火が燃え広がれば、家にも被害が及ぶかもしれない。
少し震えているフォナの手を握り、燃え盛る木に背を向けて歩き始めた時だった。
懐かしい感覚だった。
出来ればその感覚は、一生記憶の中だけのものであってほしかった。懐かしさなんて、感じたくなかった。
胸を締め付けられるような痛み。金属同士が擦れ合う音を聞いた時のような不快感。ぐちゃぐちゃになった死体を見た時のような嫌悪感。それらを混ぜ合わせたような吐き気を催す感覚が全身を襲った。
何かが起こりそう、なんてものじゃない。
俺が虫の知らせと呼ぶその感覚は、これまでにないほど明確で、かつてないほど具体的で、未来視と呼んでも差し支えないほど的確に、これから起こる情景を俺の脳内に叩き込んできた。
フォナを燃え盛る木から庇う様に抱きしめる。
木に背中を向けつつも、イメージしやすいように手のひらだけは木へ向ける。
出来るだけ、出来るだけ大きく。最低でも、自分たちの体が隠れるぐらいの大きさに。
衝撃よりも先に、音よりも先に、飛び込んできたのは光だった。
大きさは物足りないが仕方がない。これ以上は時間が足りない。
燃え盛る木と俺たちの間に、あらゆるものを遮る薄く黒い壁が現れる。
大きさ不足で防げないものは、俺自身の体を持って防ぎきる。
必ずフォナは、守り切る。
爆発音。
意識がそれを認識した瞬間、衝撃によって体は宙を舞い、記憶はそこで途切れている。
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