第47話『ソラの苦悩』
フェリが飛び出していき、あたしは一人部屋に取り残された。
今追いかければ簡単に追いつけるだろうが、まぁ良い。わざわざ追いかける必要もないだろう。
相変わらず忙しないやつだ。
フェリクス・ハーヴィス。
基本的にはとてもいい子だ。変な
フェリと過ごす時間が増えるほど、その思いは強くなっていく。
何か、決定的な根拠があるわけじゃない。ただ、普通とは違う。これだけは確信している。確信するだけの出来事があるからだ。
子供は何でも聞いてくる。それはフェリにも当てはまる。しかし、フェリクスの場合、聞いてくる内容が普通ではない。いや、この場合は、聞いてこない内容が普通ではないと言うべきなのだろう。
魔術の技能についてや保有魔力量の増やし方は聞いて来るくせに、食器の使い方、本の読み方、左右の概念なんかはいつの間にか理解していた。
まるで、最初から知っていたかのように。
そして、今回は掛け算だ。
あの様子だと、ある程度は理解してるんだろう。算数など、誰も教えていないのに。独学で覚えたのなら驚異的だ。
正直、中身が大人だと言われても驚かない。むしろ、納得する自信すらある。
今回の「保有魔力量を増やす方法」というのも、いかにも大人が尋ねてきそうな内容だ。
◇◇◇◇◇
保有魔力量を増やす方法を教えてほしい。
そんな質問をされたのは、フェリからが初めてというわけではない。
むしろ、答え飽きた質問といっても差し支えないものだ。
かつてあたしが軍で白兵戦闘を教えていた頃、その質問は日に一度は聞くといっても過言ではないほど聞かされてきた。
保有魔力量は、魔術を使う魔術師や、あたしのように魔力活性化による身体強化で戦う者にとっては、自分自身の戦闘力に直結する重要な要素だ。
いくら魔術や身体強化に適性があっても、魔力がなければ話にならない。逆に、魔力さえあれば、適性がなくても戦い方は色々ある。
軍にいた頃、保有魔力量を増やす方法を知りたがっていたのは、保有魔力量という才能に恵まれず、成長に行き詰まっている奴ばかりだった。知識を蓄え技術を高めても、魔力量が少ないため決め手にかける。そんな自分の課題点をまとめて解決しようと、魔力量を増やそうとするわけだ。
別に、それは決して間違ったことではないのだが、保有魔力量という才能に劣っていると気づいているならば、さっさと自分の適性が活かせる部隊へ転属すれば良い。才能に劣ったものが才能に恵まれたものに勝てるほど、この世界は甘くはないし、同時に、保有魔力量だけが人の全てではない。
こんな話をすると、質問に来た奴はみんな泣きそうな顔をする。危険ばかりで良いことなんてほとんどない、最前線で戦う兵士という職業にどうしてそうも固執するのか、あたしには理解ができないが、まあ、それは良いとして。
そういう意味では、フェリは保有魔力量をそこまで気にしない種類の人間だ。
何故なら、フェリの保有魔力量は、現時点で既に並外れているからだ。
勿論、一般的な大人と比較すれば
10歳にもなる頃には、並の魔術師を遥かに
だが、まだそれを、フェリに伝えることはできない。
あたしは既に一度、フェリの魔力量が少ないことを理由に、魔術適性検査を先延ばしにしているんだから。
魔術について熱心に聞いて来るフェリのことだ。検査が可能なだけの魔力があると知れば、直ぐにでも検査をするように言うだろう。
けど、まだ、まだ先でいい。
フェリに魔術適性がないと伝えるのは、もう少し後で良い。
一般的に、魔術の適性を調べるためには、魔光石と呼ばれる特殊な石が必要だ。
しかし、魔術師や身体強化を使う戦士などは、他者の魔力を視ることで、魔術適性があるかどうかを判断することが可能だ。
細かな属性を調べるとなれば、魔光石を使用する他ないが、適性検査だけなら魔光石は必須ではない。
魔術師ではないあたしですら気付いてるんだ。エンリィやアテラ様だって気付いているはずだ。いや、あれだけの魔力を保有しているフェリを見て気付かないはずがない。
ただ、それを伝えるのは、まだ先でいい。
もう少しぐらいは、夢を見せてやってもいいだろう。
「はぁ……大人は、
悩み事はいつだって絶えない。
人間であればとっくに往生しているだけの時間を生きていても、まだまだあたしは未熟だ。いくらエルフの精神成熟が他の種族より遅いとはいえ、こうも周りに助けられてばかりなのもどうなんだと自分自身に言いたくなる。
正直あたしには、フェリの存在だけでもう手一杯だ。にもかかわらず、生まれたばかりのフォナも、フェリに負けず劣らずの曲者っぷり。世間一般の子育てがどうかは知らないが、ここまで特殊な子供たちもそうそういないはずだ。
けど、まだそれはいい。子育ての悩みは尽きないが、フェリやフォナのことを考える時間は、あたしにとっても有意義で充実した時間だ。問題なのは――。
「全く……どうしてあたしがこんなことを……」
理屈では分かっている。あたしの仕事はハーヴィス家をあらゆる脅威から守ること。だからこそ、今は疑惑の種とすらなっていないような
それが分かっていてなお、今のあたしが不機嫌なのは、きっと、無駄な時間を使わされたからだろう。
机の上に広げられた書類。あたしの意見も聞きたいからと、アテラ様から直接回ってきた調査報告書。
調査対象者の名前は「リネ」
約4年前。エンリィが拾ってきた記憶喪失の少女。
発見時の年齢はおそらく15歳程度。身寄りが無かったためにハーヴィス家が引き取ることになり、そのまま使用人として働いている彼女が一体何者なのか。
先日の、フェリを操った何者かによるフォナ殺害未遂事件。その時、何故リネは立ち上がれたのか。
その理由を探るべく、過去に一度行った調査をもう一度行ってはいるが……。
「はぁ……」
無意識のうちに溜息が漏れる。
10枚以上にも及ぶ報告書の中身を要約するならば、正体不明。
リネに関する情報は、王国の国家機密に触れることすら許されているハーヴィス家の調査力を以ってしても分からなかった。
ただそれだけのことを伝えるために、これだけの枚数が必要とは到底思えない。
何も分からなかったと、そう一言書けば済む話ではないのかと。
「は……ん。んっ……ふぅ」
再び無意識のうちに漏れそうになった溜息を寸前で堪えて、大きく背伸びをする。
あたしだって分かってはいる。報告書なのだから事細かに記さなければいけないことぐらい。
分かってはいても、無駄に過ごした時間は戻ってはこない。
そういう意味では、フェリの訪問はいい気分転換になった。
「フェリの様子でも見に行くか」
こんな報告書を読むよりは遥かに有意義な時間の使い方だ。
机の上に広がった書類を雑にまとめ、あたしは席を立った。
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