第46話『魔力の増やし方』

「保有魔力量を増やす方法を教えてほしい?」


 部屋に入ってくるなりそんなことを聞いてきた俺を邪険にせず、ソラは丁寧に対応してくれた。といっても、多少面食らってはいたようだが。

 2歳の子供の体は不便なことが多いが、『子供だから』という言い訳が使えるのは良い部分だと思う。唐突に要件から切り出しても変に思われない。


「それじゃあ、まず魔力とは何か、というところから説明しようか」


 机に向かって何やら書類仕事をしていたらしいソラは仕事を一旦いったん中断し、ベッドに腰掛ける。

 ソラの隣に座ろうとベッドをよじ登りかけた俺を、ソラは両手で持ち上げてベッドの上に座らせてくれた。


「魔力というのは、分かりやすく言えば生命力だ。魔力がなければ生物は生きていけない。だから、魔力を消費すれば疲れるし、使い切れば死んでしまう。

 なら逆に、魔力があれば怪我けがをしても死なないのかといえばそうではないし、疲れているときは決まって魔力が消費されているとも限らない。あくまで、人が生きていく上で欠かすことの出来ない要素の一つ、ということだ」


 ソラの説明は簡潔でとても分かりやすかった。

 人には生きていく上で必要なものが沢山たくさんある。

 水、食料、酸素、内臓、脳――細かく挙げればキリがない。

 この世界ではそうした要素の一つに『魔力』という項目が追加されているということだ。


「消費した魔力は休めば回復する。実際にどれだけ回復したのかは感覚的にしか分からないが、あたしを含め、魔力を戦闘に使う者たちは皆、高い精度で自分の残存魔力量を把握出来るように訓練してる。でなければ死んでしまうからな。フェリが将来魔術師などになりたいんなら、その訓練をすることもあるだろう」


 そこまで話すと、ソラは立ち上がって机の上にガラスで出来たコップと水差しを並べる。さっきまでソラが使っていた物のようだ。


「ここまでの話で何か質問は?」


「うん、大丈夫」


「そうか。それじゃあ本題だ。

 保有魔力量を増やす方法だが、手段は大きく分けて二つある。

 一つは、体を成長させることだ」


 ソラは机の上に置いていたコップと水差しを手に取る。


「フェリ、質問だ。コップと水差し、どっちの方がより多くの水を入れられる?」


「水差し」


 考えるまでもないことだ。

 小さなコップと大きな水差し。どちらの容量が大きいかなど一目瞭然。

 若干馬鹿にされているような気がしないでもないが、側から見れば俺はまだ2歳の子供なのだと納得させる。


「正解。少し簡単すぎたな。大きい方により多くの水が入る。これは魔力でも同じだ。体の大きさと保有魔力量は必ずしも比例はしないが、大抵の場合、大人と子供なら大人の方が保有魔力量は多い。未成熟な子供の体と、成熟した大人の体の差だな」


 ソラはコップの中に水を注ぐと、「飲むか?」と俺にコップを差し出す。

 別に喉が渇いていたわけじゃないが、ありがたくもらうことにする。

 水を飲み干して空になったコップをソラに返すと、ソラは再びコップに水を注ぎ、一息に水を飲み干した。

 間接キスだ。なんてろくでもないことを考えている俺に気付かないまま、ソラの講義は続く。


「二つ目の方法は、魔力を継続的に消費することだ。要は魔力を使えってことだな。筋肉をつけたければ筋肉を使う必要があるし、頭を良くしたかったら頭を使う必要がある。それは魔力も同じで、消費し続ければ、少しずつ保有魔力量は増えていく」


 これだ。この方法なら、今の俺でも実践できる。


「ねぇ、それじゃあ例えば、保有魔力量を今の倍にしたいと思ったら、どれぐらいの時間がかかるの?」


「倍、か。それこそ子供なら、何もしなくても成長とともに2、3年で倍ぐらいにはなるだろうな。ただ、成長が終わった後となると、その時点で保有している魔力量によって倍にした値が変わるから何とも言えないが……一般的な話をするなら、10年単位で期間を見積もっておいた方がいいかも知れない」


 ……思ったよりも気の長い話だった。

 仮に俺がこれから毎日魔力を限界まで消費し続けたとしても、増やせる量は高が知れていそうだ。

 俺が心の中で落胆していると、ソラは急に考え込むような仕草しぐさを見せ、ポツリとつぶやく。


「それよりも、フェリ――倍なんて概念、よく知ってるな」


「……? …………あ」


 言われて気がつく。

 そうだった。完全に失念していた。

 普通、2歳の子供は乗法なんて知らない。それどころか、加減法すら怪しいのが普通。倍なんて言葉、2歳の子供から出てくるはずがない。


「エンリィかアテラ様に教えてもらったのか?」


「あー……えっと……本、で読ん、だ……?」


「それで理解できたのか?」


 うそはついていない。そもそもこの世界の言葉で『倍』という意味を持つ言葉を知っているのも、その本で読んだからだ。

 しかしそれにしたって、本で読んだだけで四則計算を理解する2歳児? なんて天才児だそれは。

 別に自分が異世界から転生してきたとバレて困ることはないが、それは単純に、俺が困るようなことを知らないだけかもしれない。

 異世界転生者は不幸を呼ぶから殺せ。なんて習慣が無いとは言い切れない。もっとも、俺に限った話でいえば、不幸を呼ぶから殺すという判断は全くもって間違いではないのだが。


「……あ! そういえば、やることがあるんだった! ソラ、またね!」


 結局、上手うまい言い訳が思い付かなかった俺は、この部屋に来た時と同様に、2歳の子供という立場を最大限利用することにした。


「あっ、ちょっとフェリ!」


 呼び止める声なんて聞かなかった。聞かなかったなら、聞こえなかったのと変わらない。聞こえなかったなら、呼び止めなかったのと変わらない。つまり、呼び止める声なんて最初からなかった。

 そんな都合の良い解釈でソラの声を無視して、俺は一度も振り返らずにソラの部屋を後にした。

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