第45話『今の自分に出来ること』

 しかしまぁ、フォナが転生者だからといって世界が終わる訳でも、明日が来ない訳でもない。

 俺の心情以外はいつも通り、今まで通り、これまで通り、何も変わらない。

 勿論もちろん、フォナ――夏木梨幸が自分の妹として転生してきたのは、自分が転生してきた理由と無関係ではないだろう。しかし、そこにどんな意味があるのかなんて、分かるはずもなかった。

 そんなわけで、フォナが転生者と分かった後も、今までと変わらずにフォナの部屋へ足を運んでいた。――いや、むしろその頻度は増えているといってもいい。これまでは気が向いたら足を運ぶ程度だったが、今では他に用事がなければ取り敢えず部屋へ向かう程にまでなっていた。

 理由は自分でも分からない。

 罪悪感からそうしているのか。

 側にいることが罪滅ぼしのつもりなのか。

 それとも、自分自身が転生したばかりの頃に感じた孤独感を、少しでも埋めてあげようとしているのか。

 理由は分からないが、しかし、理由なんて何でもよかった。

 あの日俺は、自分の命と引き換えに彼女を救ったつもりでいたが、結局それは、その場しのぎにしかならなかったということだ。

 しかしそれも当然。自分の命が他人の命と同じ価値であるなんて考える程、俺は自惚うぬぼれていない。

 もう既に、一度彼女のために使った命だ。

 一度で足りないならもう一度、この命を彼女のために使おう。

 俺は今日も、彼女の部屋を訪れる。



 ◇◇◇◇◇



 俺が不用意にも――結果的には、それは幸いだったのかもしれないが――フォナに日本語で話しかけてしまった所為せいで、俺自身がどうしてこの世界へ転生してきたのかを、ある程度フォナに話すことになった。

 当然、俺が一度夏木梨幸を殺してしまったことは伏せた上で、だ。

 もっとも、事の原因であり、要因であり、俺の人生における最大の転換点であったその出来事を伏せた状態で語れることなど、そうあるはずもなく。

 事故に遭って――それが被害者側なのか、加害者側なのかは語らずに――この世界に転生したという簡素な説明しか出来なかった。


 では、フォナの方はどうだったのかというと、どうやらトラックにかれてこの世界に転生してきた訳ではないらしかった。

 それどころか、彼女は生まれてこの方事故というものに遭ったことがないとのことだった。外を歩けば事故に遭遇する、といっても過言ではない俺にしてみればとても羨ましいことだったが、それはさておき。

 彼女が交通事故でこの世界に来たのではなく、それに加え、事故に遭ったことすらないということは、少なくとも俺が起こしてしまったあの事故は、俺の命と引き換えになかったことになったわけだ。

 しかし、それでも彼女はこの世界に転生してきた。

 つまり、あの事故がなかったことになった後、再び彼女は死んでしまった。それも、事故や自殺の類ではなく、何者かに殺されたらしい。

 もちろん、あの安全な日本とはいえ、誰かに殺される可能性はゼロではない。しかし、記憶を保持して転生していることを考えるに、一連の事情とは関係なく、偶々偶然不運にも殺されてしまった、とは考えにくい。


 女神は言っていた。彼女、夏木梨幸を殺そうとしている者がいると。

 女神は言っていた。彼女を殺すのに俺が選ばれたのは理由があると。


 では、夏木梨幸を殺そうとしていた何者かは、これで目的を達成したのか?

 答えは、否だろう。

 彼女が転生してきたこと自体は、別に問題じゃない。元より、あの女神は夏木梨幸を転生させようとしていた。

 問題なのは、俺と同じ世界に転生させてきたことだ。

 理由があって俺のいる世界に彼女を生き返らせることは出来ないから転生させると、そう女神は言っていた。にもかかわらず、彼女はこの世界に転生してきた。

 それも、記憶を保持した状態で。

 転生を司っているのはあの女神だ。

 なら、自分の言葉を覆してまでこの世界に彼女を転成させてきたのには、きっと意味がある。


 問題は、まだ何も解決していない。



 ◇◇◇◇◇



 フォナ――旧名、夏木梨幸――を巡る問題が何も解決していないからと言って、2歳の子供に出来ることなんて、食う、寝る、遊ぶ、ぐらいのもので。

 今やれることといえば、今後起こり得る何かに対しての心構えをする程度だった。

 かといって、時間だけはやたらめったら有り余っているこの時期をただ漫然と過ごすのは、勿体無もったいないように思えた。

 何も出来ないと嘆くよりは、何が出来るのかと考えている方がまだ建設的だろう。


 今の俺に出来ることは何か。

 例えば、今この瞬間にフォナが殺されそうになったならば、身を呈して盾になることぐらいは出来るだろう。だが、それでは意味がない。先に続かない死では意味がない。その死によって変えられるのが死ぬ順番だけでは意味がない。

 では、盾として役に立てないなら立ち向かうか? しかし、この体で出来ることなど、大人の足にしがみつくぐらいで役には立たない。

 体が資本とはよく言ったもので、結局のところ、未熟な体では出来ることなんて片手で数えられる程度しかない。

 けれど、それでもなお何か出来ないかと考えれば、思い当たることは一つだけあった。

 剣の訓練は出来ないし、魔術の使い方も知らないが、女神が餞別せんべつとしてくれたあの力なら、使い方だけはよく分かっている。


「空間制御能力、か」



 ◇◇◇◇◇



 空間制御能力。

 女神からもらったこの力を端的に説明するなら、これは『魔力で作った結界内の空間を自分の制御下に置く能力』だ。結界の中であれば瞬間移動も可能だし、誰かを結界に閉じ込めたり、逆に結界内へ入れないようにする、なんてことも可能だ。

 流石さすが神様の力だけあって、言葉にして聞く限りでは攻撃にも防御にも使える万能な能力にも思えるが、しかし当然、こんな能力が手軽に使えるはずはなかった。

 俺は現在まで、この能力の使い方を熟知しているにもかかわらず、満足に使うことが出来ていない。

 その原因は単純で明確で、問題を問題たらしめている問題点は一つだけだが、たった一つの問題点こそが、現状解決不可能な無理難題なのだ。


 問題点。それは保有魔力量である。


 この能力は行使に魔力を使用する。

 しかし、その使用する魔力量があまりにも膨大だった。

 まず、結界構築に魔力を使う。当然使用魔力量は結界の規模が大きくなればなるほど多くなる。

 そして、結界構築と同等の魔力を、結界を維持している間常に消費し続ける。

 それに加え、結界内への侵入阻止、結果外への脱出阻止など、制御下に置く要素が増えるたびに消費魔力は増大していく。

 果てには結界内を転移するたびに一定量魔力を消費するというのだから、呆れ返るほどに燃費が悪い。

 現状、自分の魔力保有量では1立方メートルの結界すら10秒と維持することが出来ない。自分自身の転移など以ての外だ。

 転移するぐらいなら歩いた方がマシという状態。おそらくこの能力は人間が使うことなど想定されていないのだろう。

 そういえばあの女神も、使い方は向こうに行けば分かるとは言っていたが、向こうに行けば使えるようになるとは言っていなかった。まあ、あのお人好し女神様の言葉に、そんな意地の悪い意図が隠されているとは思っていないが、どうせなら十分に能力が使えるだけの魔力もおまけで付けてほしかった。そんなことが出来るのかは知らないが。


 とにかく、現状しなければならないのは、能力を十分に使えるだけの魔力の確保だ。とはいえ、どうすれば保有魔力量が増えるのかなど知らない。

 どうしたものかと部屋の床に寝転がっていた俺は、単純な解決法を思い付いた。


 簡単なことだ。分からないことは、分かる人にけばいい。

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