第44話『君の名前は』

 長ったらしい前置きや面白くもない説明は抜きにして、結論から言おうと思う。


 ――俺の妹は、転生者だった。



 ◇◇◇◇◇



 首の動きだけで答えられる簡単な問答の後、少し待っててくれ、と日本語でフォナに伝えて一旦いったん部屋に帰った俺は、紙と筆記用具を使ってある物を作り始めた。

 ある物とは五十音表だ。いや、この場合、50マス全てが埋まっている訳ではないので、「あいうえお表」と言った方が適切かも知れないが、それはさておき。


 久々に書く平仮名に懐かしさを覚えながらも表を完成させた俺は、その表の横に、「はい」「いいえ」と書いて丸で囲んだものと、0から9までの数字を付け加える。鳥居こそ描かれていないが、出来上がったそれは、こっくりさんの降霊に使う表と酷似していた。というか、それを元に作ったのだから当たり前ではあるのだが。

 こんな物を作っている理由はただ一つ。フォナと意思疎通を取るためだ。

 体がまだ会話できるほどまでに成長していないのか、フォナが自分の体に慣れていないのか、理由はわからないしわかる必要もないのだが、フォナは現状上手く話せないようだった。

 勿論、肯定か否定かで答えられる質問には首の動きで答えられるが、それだけでは不便だし、詳しい話を聞くことも出来ない。

 転生した理由。いつから意識があったのか。そして何より、何故なぜ記憶を持ったまま転生しているのか。

 俺を転生させた時、あの女神は言っていたはずだ。普通は記憶を持ったまま転生することは出来ないと。

 持ち越せるはずのない前世の記憶。そして、そんなイレギュラーが俺の妹として生まれたこと。

 偶然だとは、思えない。


 完成した表を持ってフォナの部屋に向かう。幸いにも、部屋には他に誰も来ていないようだった。


『お待たせ』


 そう声を掛けると、フォナはこちらに笑みを向けて答えた。


『さて、と』


 揺り籠を覗き込む体制で何を尋ねるか考える。

 取り敢えず、この世界に来る前の名前でも聞こうか。

 別に名前を聞いたところでどうなる訳でもないが、会話の取っ掛かりは基本自己紹介からだろう。


『俺の名前はフェリクス。日本では内田創って名前だった。君の名前は?』


 特に何も考えずに尋ねる。

 その質問が、どれだけの意味を持つのかも知らずに。


 作った表をフォナの目の前に掲げ、指を指してもらう。


 ――か


 ――き


 フォナの指が迷いなく表の上を滑る。


 ――な


 ――し


 思い返せば、この瞬間に俺は全てを察していたのかも知れない。

 フォナが転生してきた訳。どうして俺の妹として生まれてきたのか。前世の記憶を保持している理由。

 しかしこの瞬間、俺は気付いていなかった。否、気付かないふりをしていた。

 信じられなかった。信じたくなかった。

 けれど俺の目は、無意識に次の文字に引き寄せられていく。

 フォナの指よりも早く、引き付けられていく。


 ――さ


 分かったから。もう良いから。

 紙を破り捨ててやろうかと思った。

 そうすれば、まだ引き返せる気がしたから。

 どうしても、もう引き返せないとわかっていたから。


 ――ち


 かきなしさち。夏木梨幸。


 この状況で、フォナがうそをつく理由はなくて。

 偶然その名前を挙げる訳がなくて。

 それに異を唱える道理もなかった。


『…………』


 何も言えなかった。


 そこには、俺が命を奪い、俺の命をかけて救った少女が、ただ居るだけだった。

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