第41話『感謝の言葉』
誰が来たのだろうと、幸は自分の内側に向けていた意識を
薄く目を開けてみると、視界の先にはこちらを見下ろしている男の子の姿があった。
見覚えがある、いや、見慣れた、と言うべきか。
この体で意識が芽生えてから、自分の身の回りの世話を焼いてくれている男の子だ。
世話を焼く、といっても大したことをしているわけではない。
理由は、安心出来るからだ。
記憶を持ったまま転生した幸にとって、今の状況は突然拉致されたに等しい。その上言葉も通じず、体も自由に動かせない状況だ。生殺与奪の権利が完全に他人に委ねられている現状は、幸の不安を
そんな時、幸の目の前に現れたのが一人の男の子――フェリクスだった。
別に何かをしてくれたわけではない。フェリクスはただ、普通に生活していて、幸はそれを見ていただけだ。
けれど、ただそれだけの、そんな些細なことが、この場所が安全である何よりの証拠であるような気がして、幸は少しだけ安心出来たのだった。
幸は薄く開けていた目を閉じると、中断していた読書を再開するべく、記憶の隅に置かれたままだった絵本を手に取る。
さてどんな話なのだろうと絵本を開いた時、ふわりと、体に何かを掛けられたような感触がした。小さく手を動かして確認してみると、どうやらそれは薄手の布のようなものらしかった。おそらく、あの男の子が掛けてくれたのだろう。
閉じていた目を開いて周囲を確認すると、男の子は少し離れた場所で本を読んでいた。
年の差や今の状況を考えるに、きっとあの男の子は兄なのだろう。
精神的な年齢で言えば、自分より
だから、その気持ちを伝えたかった。
この世界の言葉はまだ分からないし、この体ではまだ
自分の使い慣れた言葉で、幸は感謝の気持ちを伝えた。
「――あい、あ、お」
◇◇◇◇◇
「え……?」
声が聞こえた気がして、読んでいた本から顔を上げる。
この部屋にいるのは俺とフォナの二人だけ。普段ならここにリネかソラがいるんだが、二人とも用事があるらしく、今ここにはいない。
読書をやめて立ち上がり、フォナが眠っている揺り籠を
「どうした? 母さん、呼んでこようか?」
話しかけたところで言葉の意味なんて分かってないんだろうけど、俺の経験上、話しかけてくれた方が言葉は覚えやすかった。
「さっき、なんて言ったんだ?」
頭に近い方の手、左手でフォナの頭を
撫でやすいように揺り籠の反対側へ回り、フォナの頭を優しく撫でる。
するとフォナは、ゆっくりと口を開いて、もう一度言葉を発した。
『……あい、あお』
「……ダメだ。全然分からない」
とりあえず
まあ、多分意味なんてないんだろう。生まれたばかりの赤ちゃんが「あうあう」言ってるのと同じだ。
それにしても、「あいあお」か。
まるで、日本語の「ありがとう」みたいだ。
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