第39話『暇潰し』

 目覚めてから数日がち、幸は自身が置かれている状況をある程度理解してきていた。


 まず一つに、どうやらここは、日本ではなさそうだということ。

 聞こえてくる言葉がそもそも日本語ではないし、顔立ちも日本人どころかアジア系ですらない。

 どこかで聞き覚えのある言語ではないかと思いよく聴いてみても、全くもって聞いたことのない未知の言語だった。

 転生前、別の世界に転生させると神様が言っていたのは、うそではなかったということだ。


 次に、自分の体が赤子になっているということ。

 これは別に確認するまでもなかった。小さくてプニプニとした柔らかそうな――実際柔らかかった――手はどう見ても赤子のものだ。

 転生なのだから、体が赤子になっているのは当たり前といえばそうなのだろうが、しかし、幸が転生したのはこれが初めてだ。転生においての普通など分かるはずもない。

 こんなことになるなら、友達が熱心に説明してくれた“異世界転生もの”とかいうライトノベルの話を、もう少しきちんと聞いておくべきだった。もっとも、創作物の知識が実際に役に立つのかどうか――


 ――不意に、思考スピードが落ちる。

 ああ、またか。と思いつつ、幸は半分諦めたように体から力を抜く。

 こうなってしまったらもう駄目なのだ。生前でも抗い難いものだったが、この体では特に。


 睡魔には、抗えない。



 ◇◇◇◇◇



 赤ちゃんは寝るのが仕事という言葉があるが、誰しもやりたくて仕事をしているわけではないように、赤ちゃんだって眠りたくて寝ているわけではない。

 幸はそのことを、自分自身が赤子になることで理解した。


 赤子の体というのは燃費が悪いのか、それとも成長のために体が睡眠を欲しているのかは分からないが、いくら眠っても眠気から解放されることがない。


 眠いから寝る。しかしいくら寝ても眠いので、睡眠欲に任せて再び寝る。そしてまた起き、時折母親であろう金髪の女性から母乳をもらい、三度みたび眠る。

 近頃の幸の生活リズムはこんな感じだった。実際には、自分で体を動かそうとしてみたりと、睡眠以外にもしていることはあるのだが、眠っている時間に比べれば微々たるものだ。


 しかしそれでも、暇な時間というのは存在する。


 まれに発生する眠くない時間帯。

 赤子の体で出来ることなどそうあるはずもなく、体を動かすと言っても出来るのはせいぜい寝返り程度なのであまり気が乗らない。

 暇な時間というのは生前にもあったが、何をしようか迷えるほど選択肢があったあの頃とは違い、今は選択肢など皆無に等しい。

 そんな数少ない選択肢から幸は選びとる。尤もこの場合の選択肢とは、何をするか、ではなく、するかしないかの二択なのだが。


 道具を必要とせず、体を動かす必要もなく、赤子の体である現在でも他人の手を借りることなく、一人で完結している時間潰し。幸にしか出来ない――少なくとも幸は、同じことが出来る人に出会ったことはなかった――暇潰し。


 それは、読書だった。

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