第37話『約束と代償』

「話は終わり?」


 あれからしばらく議論を重ねていたアテラとソラだったが、それ程の進展はなかった。結局のところ、張本人に聞いてみないことには憶測の域を出ない。

 これ以上の進展は見込めず、陽も傾き始めてきた。これ以上の議論は時間の無駄だろう。

 話が一区切りしたところでソラはソファーから立ち上がる。そうして部屋から出ようとした時、アテラに呼び止められた。


「最後に一つ、嫌な質問をしてもいいか?」


「……何さ」


 あまり気乗りしないと言った表情でソラが振り返る。


 アテラは真面目な人だ。そして、良い意味でも悪い意味でも正直な人だ。

 そんなアテラが“嫌な質問”と言うからには、本当に嫌な質問をするつもりなのだろう。むしろ、こうして前置きをしているだけマシな方だ。

 身内であるソラに対しての気遣い。もし質問をする相手が軍の上層部などであったなら、こんな前置きをするという発想すらアテラには浮かばなかっただろうから。


 ソラが拒絶しないことを確認してから、アテラは口を開いた。


「――ソラ、おまえにフェリが殺せるか?」


「……それは、どういう意味?」


 ソラの目から光が消える。

 感情の消えたソラの目を見つめたまま、アテラはもう一度質問を繰り返す。

 今度は、より具体的に。


「“ハーヴィス家に護衛として雇われている”ソラ・ヴィイに質問だ。お前は、フェリを殺せるか?」


 この質問は、友人であるソラに向けられたものではない。

 ハーヴィス家をあらゆる脅威から守るために存在する護衛、ソラ・ヴィイに向けられたものだった。


「……御命令とあらば、例えアテラ様の御子息であろうと、この手で殺して見せましょう」


 出来でき出来できないではなく、命令であれば実行すると、抑揚のない声でソラは答えた。

 それは、どこまでも主人に忠実なしもべとしての回答であり、それ故に、軽く、中身のない、空虚な言葉だった。


「……分かった。なら次は、ただのソラに質問だ」


 そう言ってアテラは、全く同じ問いを再びソラに投げ掛ける。


「お前は、フェリを殺せるか?」


「もしそんなことを本当に口にしてみろ。あたしはあんたをぶち殺す」


 間髪入れずに答えたソラの表情は先程と全く変わらないものの、光を宿したその瞳は真っ直にアテラを射抜いていた。


「……ああ、もし俺がそんなことを口走ったら、遠慮なく殺してくれ」


 それが、アテラ、エンリィ、ソラ、三人の間で交わされた約束。

 全てを知った上で、それでも育てると決めたのだ。

 それを違えると言うのなら、代償として自分の命ぐらいは諦めてもらわなければならない。

 それは、恐怖に屈してしまった人が知っているべきではないものだから。

 残りの人のためにも。そして何より、あの子のためにも。


 今度こそ話は終わりだと、ソラがアテラに背を向ける。

 しかし直後、再び声を掛けられる。


「……質問は最後だったんじゃ?」


「ああ。だからこれはお願いだ」


「…………」


 ソラは振り返らずに、黙って言葉の続きを待つ。


「出来る限り、フェリのそばにいてやってくれ」


「……そんなこと、言われなくても分かってるっての」


 振り返らぬまま、ソラは部屋を後にした。



◇◇◇◇◇



「ふぅ……」


 ソラが部屋を出て行った後、元々もともと座っていた自分の椅子に腰を下ろしたアテラは、目の前の机の上に広がる書類に目を落とす。

 そこには『リネに関する調査報告書』という文字が記されていた。


「……もう一度、一から調べ直すべきだな」


 凡そ4年前。

 ハーヴィス家が引き取る形で使用人として迎え入れた青い髪の少女。


 何の力も持たない彼女が、あの場で立ち上がったのは何故なぜ なのか。立ち上がれたのは何故なのか。


「記憶喪失……か」

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