第36話『固有魔術』

 アテラとソラによる問答は続く。


「真っ先にフェリの異変に気付いたのは、ソラ、おまえだったな。あの時点で何故なぜ異変に気が付いた?」


 フェリがフォナの顔に触れる直前で、ソラはフェリの異変に気が付いた。

 しかし、あの時のフェリに可笑おかしな所はなく、事実として、ソラ以外の人物は誰も異変に気が付かなかった。

 そんな状況で、何故ソラは、いち早く異常に気が付き、フェリの制圧へ動くことが出来できたのか。


「それは多分、あたしがフェリのことを……信用していない部分があったから、だな」


「運命力……か」


 それは、ソラにしか見えない景色。誰にも理解出来ない感覚。


「別に、フェリのことを嫌ってる訳じゃない。でも、フェリのあれは、本人の意思なんて関係なしに色々いろいろなものをいてしまう。私にはそれを止める義務があるんだ。

 3人で育てようって決めたあの日から、あたしにしか分からない視点から、あたしにしか出来ない方法で、フェリをきちんと育て上げる義務が、あたしにはあるんだよ」


 運命力。それは読んで字のごとく、その者の運命をつかさどる見えざる力。

 この世界で起こるあらゆる現象に、この力は関わってくる。それは通常、如何いかなる手段をもってしても認識することは出来ないが、ソラにはその運命力を視る力があった。

 その者の持つ運命力が、良い方向へ働くのか、悪い方向へ働くのか。また、その働きはどれ程の強さなのかを、視る力が。


「あたしは、運命力を視るだけだから。起こった事象が誰かの運命力が引き起こした唯の“偶然”なのか、フェリの運命力が引き起こした“必然”なのか、それは分からない」


 運命力が視えると言っても、実際の所それがどれだけの影響をもたらしているのかは分からない。けれど、フェリがこの家に来てから、些細ささいなことから重大なことまで、あからさまな程に不幸な出来事が増えた。


 普段から使っているものが急にくなったり、壊れたり。

 数百年振りの巨大地震がこの地域を襲ったり。

 前日まで元気だった使用人の一人が、風邪をこじらせて生死の境を彷徨さまよったり、などなど。

 

 どれもこれも、偶然といえばそれまでなのだが、様々さまざまなことが立て続けに起こると関連性を疑いたくもなる。


「だからこそあたしは、身の回りで起こる異変に敏感であるべきだと思ったし、事実そうしてきたつもりだ。だから、あの場であたしが真っ先に行動できたのは、当然のことなんだよ」


 フェリからはっせられた魔力が館全体を一瞬にして包み込んだその瞬間、魔術師であるアテラやエンリィよりも早くそれを知覚、異常と判断し行動できたのは、日頃からソラが自身にそうであれと言い聞かせていたからだった。


 それが出来るからこそ、ソラはこの家で護衛として働いているのだし、それが出来なければ、護衛である資格がなかった。


「……まあ、それでも油断してたんだろうね。身体強化もなしに突っ込んで、返り討ちにあって気絶して、目が覚めた頃には全部終わってるなんて、恥ずかしい話だよ」


 今回の事件に関して、ソラは全くと言っていい程役に立たなかった。――いや、アテラとエンリィに事の重大さを認識させるという意味では役に立ったのかもしれないが、そんな役立ち方は本意ではない。


「だから次はあたしからの質問。あたしが気絶した後、何があったのさ」


 ◇◇◇◇◇


「そんなことになってたのか……」


 アテラから事のあらましを聞かされたソラは難しい顔をしてつぶやく。


 アテラとエンリィが魔術の発動を阻害され、体の自由まで封じられたこと。

 キッチンにあった包丁を転移させてフェリが使用していたこと。

 何の力も持たないリネが突然フェリに相対したこと。

 そして最後には、フェリが自らの手に包丁を突き立てて気絶したこと。


 正直、信じられないことばかりで何から突っ込めば良いのか分からない。


「聞かされた話だけでは想像するのは難しいかもしれないが、長く生きてきたソラの知識を頼らせてほしい。フェリの能力と似たものに、何か心当たりはあるか?」


 アテラの問いかけにソラはぐには答えず、しばらく腕を組み、無意識に視線を彷徨さまよわせながら記憶をさかのぼる。


「……物質を転移させる類の固有魔術なら見たことがある」


「それじゃあ、フェリのあれは固有魔術だと?」


「通常の魔術じゃ再現不可能な現象である以上、固有魔術であることに間違いはないはず……だけど、それじゃあ魔術を封じた方法の説明が付かない」


「固有魔術は一つしか保有できないから、か」


 魔術は大きく分けて2種類に分類される。

 一つは、アテラやエンリィなどが使う魔術。五つの属性に分類され、一般的に魔術といえばこれを指す。

 もう一つは、固有魔術。様々な種類があり、ものによっては通常の魔術では再現不可能な現象を操ることも出来る。

 しかし、固有魔術は能力によって差が激しく、特技としか言えないようなものから、通常の魔術を大きくしのぐ程の破壊力を持つものまである。それこそ、運命力を視る、なんていう固有魔術があるぐらいだ。多様性なんて言葉じゃ表せない程に種類は様々だ。

 また、通常の魔術と違い、その人が固有魔術を有しているかどうかを調べる方法が存在しないため、中には自分自身が固有魔術を持っていることに気付かないまま亡くなる人もいると言われている。


「有史以来、固有魔術を複数保有していた者は見つかっていない。フェリのその能力が固有魔術だというのなら――」


「物質転移も魔術を封じたのも、一つの能力の一端でしかない、ということか」


 ソラの言葉に続けてアテラが言う。


 全く別の能力が組み合わさって一つの能力として現れた、という可能性もあるが、それぞれの能力に関連性が全くない上に、そんな話は今までに聞いたことがない。

 複数の使い方ができる固有魔術は、あくまで土台となる能力から応用的に複数のことができるだけ。

 だとすればフェリの能力にも、物質を転移させ、魔術を封じることを可能にする、土台となる能力がある筈なのだ。


「フェリは、俺たちの想像以上の子なのかもしれないな」


 あんな運命力を持つ子供が唯の子供である筈などないのだが、その程度の認識では駄目なのかもしれないと、アテラとソラは考え始めていた。

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