第35話『事件後』

 フェリが目を醒ましてから数時間後。

 館の廊下を歩いていたソラは、目的地である部屋の前に立ち止まり、扉をノックする。


「入れ」


 部屋の中からはっせられた短い返事を聞いてから、ソラは部屋に入る。


「失礼いたします」


態々わざわざ呼び出してしまって悪いな」


「いえ」


「まあ、適当に掛けてくれ」


 部屋の奥、窓を背にして椅子に腰掛け、目の前の机の上に広げられた書類に目を通していたのは、フェリとフォナの父親であり、この館の主人でもあるアテラだった。

 ソラが呼び出され向かったその場所は、アテラの仕事部屋なのだ。


 来客時などには応接室として使われることもあるこの部屋の中央には、テーブルを挟んで向かい合うようにして、入口側と窓側に一人掛けのソファーが2つずつ置かれている。

 ソラは入口側のソファーの前に立つ。

 アテラも座っていた椅子から立ち上がり、ソラと向かい合う位置にあるソファーに座った。

 アテラが座ったことを確認してから、ソラも腰を下ろす。

 先に口を開いたのはアテラだった。


「さて、呼び出した理由を改めて確認する必要もないとは思うが、二日前の事件についてだ」


 二日前、それはフォナの誕生日であり、そして、フェリが謎の能力によって殺人未遂を引き起こした日でもある。

 ソラはその場に居合わせた当事者として、その日の状況を正確に認識、考察するための相談相手として、アテラに呼び出されたのだった。


「その前に、一つ確認してもよろしいでしょうか?」


「何だ?」


「エンリィ――奥様おくさまをお呼びにならなくても宜しいのですか?」


「その必要はない。今はフェリのそばにいてやる人間が必要だろう。看病という意味でも……監視という意味でも。それと、別に証人尋問をしようという訳ではないし、今日は従者としてではなく、友人として話がしたいと思っている。あまり畏まらないでくれると嬉しい」


「……分かったよ」


 別に緊張していた訳ではないが、無意識のうちに体に入っていた力を抜くと、ソラは少しだけ深くソファーに座り直す。


「それでは始めよう。いくつか質問をするから、ソラの思った通りに答えてくれ。些細ささいなことでも構わない」


「分かった」


「ではず一つ目だ。当日、フェリの様子に可笑おかしなところはあったか?」


 事件当日。フェリと最も長い時間接していたのはソラだった。と言っても、事件当日だけ接している時間が多かった訳ではなく、比較的普段から接している時間は長いのだが。

 ソラは腕を組んで二日前を思い出す。フェリの様子に普段と違うところはなかったか。妙な素振そぶりはなかったか。


「……いや、かったと思う。少なくともあの部屋に入るまでは、フェリはいつものフェリだった――――いや、そう言えば、あたしとフェリが部屋に戻ろうとした時、フェリが部屋に入るのを嫌がっているように見えたな」


「嫌がっていた?」


「あたしにはそう見えたってだけだけどさ」


 ソラに言われて、アテラも事件が起こる直前の光景を思い返す。

 確かに、フェリが部屋に入るのを躊躇ためらっているような、嫌がっているような、言われればそんな気もしてくる。


「もしかしたら、フェリは部屋に入る前から何かに気付いていたのかもれないな」


「何かって?」


「それはフェリに聞いてみなければ分からないが、フェリが意味もなく何かを拒絶したりする子じゃないと、ソラも分かっているだろう」


「……確かに」


 フェリは端的に言って、良く出来できた子だ。

 素直で言うことを良く聞き、かと言って従順という訳でもなく、納得がいかないことは納得出来ないと反論してくる強さもある。

 とても2歳の子供とは思えないほど論理的で理性的。それがフェリに対して抱いているソラの率直な感情だった。


 だからこそ、どうしてもソラには、フェリがあんな事件を自らの意思で引き起こしたとは思えなかった。あの行為こういに、それだけのことをするメリットがあるようには思えなかったから。


「……まあ、それもフェリ本人に聞いてみなければ分からないだろう。――さて、次の質問だ」

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