第30話『予感は現実に』

「さっき、魔術には属性があると言っただろう? それぞれの属性にはその性質上、相対する属性が存在するんだ」


 ソラによる魔術の講義は、まだ続く。

 客観的に見ると、それは2歳の子供に教える内容では無いように思うが、ソラはお互いの年齢差など関係ないかのように――或いは、この年齢だからこそ何でも答えてくれているのかもしれないが――魔術について教えてくれた。


「火と水、風と土の属性は互いに影響し合う関係にあり、雷属性のみ同じ雷属性と影響し合う関係にある。

 今はまだ詳しく覚える必要はないけど、魔術師になるならいずれ覚えなければいけない。その時が来たら、エンリィやアテラ様も交えて勉強しようか」


 言ってソラは本を閉じる。今日はここまでらしい。


「何か質問はあるか?」


「……いや、大丈夫」


「そうか。それじゃぁ、エンリィたちのところへ戻ろうか」



 ◇◇◇◇◇



 ソラの部屋を出て、母さんと父さん、そして生まれたばかりの妹が待つ部屋へ向かう。その途中のことだった。


「――っ」


「どうした?」


「え……ううん、何でもない」


 久々の感覚だった。

 およそ2年振り、だろうか。


 嫌な予感が、した。


 今直ぐにソラの部屋へ戻ったほうが良いような、自分の部屋で眠ったほうが良いような――いや、そんな遠回しな言い方ではなくて。


「リネが何かやらかしてないといいんだが」


 目的地に到着し、ソラがドアノブに手をかける。


 駄目だ。開けちゃ駄目だ。それ以上は駄目だ。


 ――俺は、この部屋に入っちゃいけない。


 今までの予感とは訳が違う。2年前とは明らかに違う。

 何かが起こりそう。嫌な予感がする。

 そんな漠然としたものじゃなくて。


 絶対に、何かが起こる。それも、取り返しのつかないことが。


 そんな確信があった。


 ゆっくりと扉が開かれる。いや、きっとゆっくりでもないんだろう。

 感覚が引き伸ばされているのか、やたらと長く感じる。

 心臓の音がうるさい。息ができているか分からない。


 しかし、そんなことは関係なく、扉は、開かれる。


「あ、おかえりなさい。勉強は終わったのかしら」


「ああ。エンリィこそ、体の方は大丈夫か?」


「ええ、もう大丈夫」


 ベッドに座る母さんと、その手に抱かれるフォナ。ベッド近くの椅子には父さんが座っており、その横にはリネが立っていた。


 なんてことのない光景。母さんも父さんも、フォナもリネもソラも、何一つとして可笑しなところはない。


 しかし、それでも。


 まとわりつくような嫌な感覚は、まるで部屋の中へ誘われているような感覚は、消えない。


 心臓の鼓動は、少しも落ち着いてくれない。


「フェリ、どうしたの? おいで?」


「え……と」


 母さんに呼ばれても、やはり、この部屋に入る気にはなれない。


 今だけ、今だけで良い。少し時間を空けたら行くから。今だけは――


「どうした、早く入りなよ」


「あっ……」


 ソラに手を引かれ、部屋に入る。


 入って、しまった。


 ………………しかし、何も、起こらない。


「…………」


 なんだ、あれだけ、あれだけ怯えておいて、これがオチか。

 何だか急にバカらしくなってきた。

 昔からそうだったじゃないか。予感が連続で当たったことなんて一度だってない。

 全部、俺の考え過ぎ――


「なら、これが一度目ということだ」


 ――――え?


「フェリ、どういうこと?」


「……何でもないよ」


 待て、誰だ、これは。


 今、しゃべっているのは、誰だ?


「フォナの顔、良く見ていい?」


「ええ、もちろん」


 俺の意思に反して、体は動く。

 ゆっくりと、妹の、フォナの方へ。


 待て、待て、待ってくれ。動け、動いてくれ。

 何で体を動かせない。何で思うように話せない。

 今、俺の体を動かしているのは、会話をしているのは、誰なんだ。


 俺の手が、ゆっくりとフォナの顔に伸びる。

 そして、一言ささやいた。

 フォナに向けてでも、フォナを抱える母さんに向けてでもなく、この部屋にいる他の誰にでもなく。

 一番近くで聞いている、俺に向けて囁いた。


「次があれば、自分の直感を信じることだ」

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