第29話『魔術』

 ソラから何かを学ぶとき、場所は決まってソラの部屋だった。


「今日も勉強するの?」


 勉強をする曜日や時間が決まっている訳ではないが、基本的に用事がある日は休みになることが多かった。

 そのため、母さんの出産日である今日は休みだろうと勝手に思っていたのだが。


「ああ。今日はやりたくないか?」


「いや、そうじゃないけど」


 どうやら俺の予想は外れたようだった。


 ソラに手を引かれ、自室に招かれる。

 もう何度訪れたかわからないソラの部屋。俺は定位置であるベッドの上に座った。


 ソラの部屋は片付いていてとてもシンプルだ。

 部屋にあるのは隙間なく本が詰め込まれた本棚と、幾つもの武器が立てかけられた武器棚。クローゼットにベッド、テーブル兼作業台。

 いわゆる女性らしい物はほとんど置かれていない。クローゼットの中にある服も畏まった場などで着るドレスや動きやすいラフな服ばかりで、おしゃれを目的とした服は入っていない。

 顔は整っているし、スタイルもいいのだから、容姿に少しぐらい気を使えばいいのにと思うのだが、生前おしゃれとは無縁だった俺がどうこう言えるものでもないだろう。


「今日は何をするの?」


「ん、そうだな……」


 腕を組みながらソラは本棚に目を向ける。何を教えるか選んでいるようだった。


「今日は、魔術について少し話そうか」


 一冊の本を本棚から取り出すと、ソラは俺の横に座った。


「まぁ、あたしは魔術が使えないから、本当はエンリィやアテラ様から教わるのがいいんだろうけど、気になってるみたいだから少しだけな」


 初めて魔術を目の当たりにしたのはいつだったか。最初に魔術について教えてほしいとお願いしたのはいつだったか。

 かつていた世界では空想の産物だった魔術が、この世界には存在する。その事実にとても感動したのを今でも覚えている。

 ようやく、教えてもらえる。


「それじゃぁまず、魔術っていうのはなんなのか、ってところから話そうか」


 本棚から引っ張り出してきた本を開き、ソラは話し始める。


「魔術っていうのは簡単に言えば、魔力を使って火を起こしたり、風を操ったりする術のことだ」


 本に書かれている文を指でなぞりながらソラは説明する。

 俺もある程度文字は読めるようになったのだが、まだ意味を知らない単語などが出てきたときは、その都度説明しながらソラは話してくれた。


「そして、魔術には属性が存在する。火、水、風、土、雷の5種類だな。それぞれの属性には特徴があるんだけど……長くなるからそれはまた今度にしようか」


「魔術の属性はどうやって決まるの?」


「さっき、魔術は魔力を使うって言っただろう? 魔力っていうのは簡単に言えば、生命力なんだ」


 ソラが本のページをめくる。


「魔術の属性は、その人の魔力が生まれながらにどんな属性を持っているかによって決まるんだ。1種類しか属性を持たない人もいれば、複数の属性を持つ人もいる。例えば、エンリィは火と土の属性を持っているし、アテラ様は火、風、雷の三つの属性を持っているよ」


「ソラはなんの属性を持っているの?」


「あたし? あたしは属性を持ってないよ。さっき、魔術が使えないって言っただろう? 魔術が使えるかどうかは、その人の魔力に属性があるかどうかによって決まるんだ。あたしの魔力には属性がないから魔術が使えない。簡単な理屈だろう?」


 なるほど。よくライトノベルなんかでは無属性が特別なものとして書かれていたりするが、この世界ではそうじゃないらしい。


「じゃあ、魔力の属性ってどうやって調べるの?」


「魔力を流すと光を放つ魔光石まこうせきっていう鉱石があるんだ。石の光り方はその人が持つ属性によって変わってくるから、それで判断するんだよ」


「なら、その石を使えば俺の属性もわかる?」


「もちろん。……ただ、フェリはまだ小さくて魔力総量が少ないから正確な結果が出ないんだ。調べるのはもう少し大きくなってからな」

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