第31話『現実は悲劇に』

 俺の手がフォナの顔に触れる瞬間、自分の意思いしに反して『空間制御能力』が発動したのを知覚する。


 女神からもらった空間制御能力に関して、俺が把握していることはそこまで多くない。

 俺の知る限り、この能力できることは二つ。

 一つは、自分自身を視界内の任意の場所に転移てんいさせること。

 もう一つは、視界内にあるものを視界内の任意の場所に転移させること。

 これだけだ。


 女神は、能力の使い方は向こうに行けばわかると言っていたが、わかったのは能力の発動方法ぐらいで、具体的にどんなことができるのかは自分で試してみなければわからないようだった。

 しかし試そうにも、今の俺が持つ魔力では小さな積み木を転移させることすら難しい。新たな使い方を模索する余裕などなかった。


 しかし――


 ――今、俺の意思に反して発動している空間制御能力は、俺の知る使い方のどれとも違っていた。


 体から魔力があふれ出す。明らかに俺の魔力保有量をえた魔力が、部屋を、廊下を、家を満たし、包み込む。


 なん、だ、これ…………。


 魔力が満ちた場所の構造、物、人、あらゆるものの情報が魔力を通じて伝わってくる。

 一体、こいつは、俺の体を使って何を……


「フェリ!」


 声が聞こえたのとほぼ同時、俺の体が宙に浮き、壁にたたきつけられる。俺の両肩を壁に押さえつけているのはソラだった。


「ソラ⁉︎ 何を――」


「エンリィ! この子は、いやこいつは、フェリじゃない!」


「…………」


 壁に押さえつけられたままの俺――いやフェリは、何も言わずに、ただ、笑っていた。


「もう遅いよ」


 フェリは一言そうつぶやくと、ソラに手のひらを向ける。


「邪魔だ」


 瞬間、ソラの体が吹き飛び、向かい側の壁に衝突する。


「ソラ! ――っ、仕方ない、フェリ、我慢しろよ」


「フェリ、ごめんなさいっ」


 椅子に座っていた父さんと、ベッドの上にいた母さんも事の重大さに気づき、フェリに向けて魔術を放つ――はずだった。


「悪いけど、君たちの相手をしている時間はないんだ。僕の目的は、彼女だけだからね」


「な……」


「……っ」


 立ち上がったところで、父さんの動きが止まる。母さんに抱えられていたフォナが、腕から落ちる。


 何をしたのかわからない。父さんや母さんが何をされたのかわからない。

 けれどこの場合、過程かてい然程さほど重要ではないのだろう。

 一瞬にして二人は無力化された。重要なのは、それだけだ。


「さて」


 次にフェリが目を向けたのは、リネだった。


「お、奥様おくさま……旦那様……私……」


「…………」


 しかしフェリには、いち使用人でしかないリネは脅威きょういとして認識されなかったらしく、一瞥いちべつしただけで何かをすることはなかった。

 目的は本当にフォナだけなのだろう。


 母さんの手から落ちたフォナはベッドの上で泣いていた。

 身長的にベッドの上にフォナがいるのは都合が悪かったのか、フェリは能力を使いフォナを床に転移させる。


「まさかここまで上手うまくいくとは思わなかったよ。彼は何か感づいていたようだけど、今回は僕の運が良かったみたいだ――いや、彼の運が悪かったと言うべきかな」


 言いながらフェリはもう一度能力を使い、あるものを転移させた。


 おい、待て、それで、何をする気だ。


「決まっているだろう? 殺すんだよ」


 フェリの手には、キッチンから転移させてきた包丁が握られていた。


 一般的な大きさの包丁でも、2歳の子供には不釣り合いな大きさだ。

 フェリは小さな両手で包丁を逆手に持つと、フォナに馬乗りになる。


 待て、待て、待て、やめろやめろやめろやめろ――


「僕の目的は殺すことだけだ。苦しめずに、一撃で終わらせてやるさ」


 やめろやめろやめろ。動け動け動け!


 これ以上俺の目の前で、これ以上俺のせいで誰かが死ぬのは、耐えられない。


 ――しかし、そんなおもいなど関係なしに、包丁は振り下ろされた。

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