第26話『悪意、始動』

 それは、幸が消えた直後のことだった。

 それは、気付いた時には終わっていた。


「ぁ……」


「僕は、同じミスをしないように心がけているんだ」


 いつからそこにいたのか。

 以前相対した時と全く変わらない姿のリミティブは、レインが痛みに気づくより早く、レインの命を奪った。

 文字通り、奪い取った。


 レインの胸を貫いていたリミティブの腕が引き抜かれると同時に、レインが崩れ落ちる。引き抜かれたその手には、白色の球体が握られていた。


「随分と綺麗な魂をしているんだね。羨ましい限りだ」


「どう、やって……ここに……」


「君は本当に分かりきったことをくのが好きなんだね。君が彼女の魂をここに呼んだんだろう。僕は魂が残した軌跡を辿ってきただけだ」


 球体を右手で弄びながらリミティブは答える。


「それにしても、面白い空間だね、ここは。邪魔だから君を殺した後に壊しておくよ」


「か、え……して……」


 レインが球体に手を伸ばす。


「それはできない。前に会った時も言っただろう。僕は、君を殺しに来たって」


 しかし、伸ばした手が届くことはなく。


「それじゃあ、さようなら。レイン」


 リミティブは、球体を砕き割った。

 球体から白い煙のようなものが上がり、即座に消える。

 その刹那、細心の注意を払って行われた干渉に、リミティブは気づかなかった。


「さて」


 と言って振り返る。


「おい」


「――いやぁ、凄いとこっすね、ここ」


 リミティブに呼ばれ姿を現したのは、内田創だった。


「うわー、この人めちゃくちゃ可愛いなぁ。もう死んでるんすか?」


「そうだね」


「へぇ……」


 創はうつ伏せに倒れるレインに近づき、その体を裏返す。


「その体はもうすぐ消えるだろうから、使えないよ」


「え? 嫌だなぁ、流石に俺も死体を犯す趣味はないっすよ。ちょっと気になっただけっす」


 創はしばらくレインの体をいじくった後、興味を失ったのか、その場に放り捨てた。

 それを見て、リミティブは口を開く。


「さて、これから向こうに行ってもらう訳だけど、何か気になることはあるかい?」


「んー、気になることっつうか、一つだけ確認してもいいっすか?」


「ああ、構わないよ」


「向こうの体は、これと同じっすよね?」


 言いながら創は自分自身を指差す。


「もちろん。でなければ意味がない」


「そりゃよかったっす。んじゃ、ちゃっちゃと向こうに送っちゃってください」


「その前に、面白いものを君にあげよう」


 リミティブが手を伸ばし、創の頭に触れる。

 特別な変化は、起こらなかった。


「終わりっすか?」


「ああ。終わりだよ」


「どやって使うんすか? これ」


「今渡したのはそういう能力じゃないんだ。君はただ、そこにいるだけでいい」


「へぇ」


 答えて創は、にやりと笑う。

 思っていたものとは違うが、なるほど、これはこれで面白い。


「あと、最後に一つ。残念だけれど、向こうに行った彼女の所在はつかめていない。だから、君の役目はまず人探しからだ」


「大丈夫っすか、それ。見つかりますかね」


「見つかるさ。“見つけさせるさ”」


 それは、変わらない事実。

 もう決められた、運命なのだから。


「さあ、そろそろ時間切れだ。準備はいいかい?」


「いつでも」


「それじゃあ、君の不幸と、限りない不運を願っているよ」


「ま、やれることはやりますよ」


 創が言い終わるとほぼ同時、姿がかき消える。

 見届けたリミティブも、この空間を立ち去る。その間際、空間そのものを削除する術式の展開を忘れなかった。


 ゆがみ、揺れ動き、縮小していく空間の中。

 取り残されたレインの体は、空間崩壊とともに、跡形もなく消え去った。

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