第25話『自分のために。誰かのために。』

 時は少しさかのぼり、レインが内田創を転生させ、リミティブから逃げ出した後のこと。


「久しぶりだな、レイン」


「わざわざこっちまで来てくれて、感謝するのですよ……」


 リミティブから逃げた先の次元の狭間はざまでレインと言葉を交わしているのは、創と幸の転生先の世界を管理している神、アルメイスだった。


「話があるからと来てみれば、随分な有様ありさまだな」


「これは……」


「説明しなくていい。事情は全て把握した」


 そう言うとアルメイスはレインの腹部に手をかざす。

 手のひらがわずかに発光したかと思うと、腹部に空いていた穴がふさがり、着用していたワンピースも新品同然に直されていた。


「感謝するのですよ」


「気にするな。穴が空いていたのでは不恰好ぶかっこうだからな。

 ――それで、お願いというのは何だ?」


「彼女――夏木梨幸さんの転生先を内田創さんのいる場所へ調節して欲しいのですよ」


「……それだけか?」


 レインのお願いはアルメイスが想像していたものと大きく異なっていた訳ではないが、予想よりも小さな願いだったことも事実だった。


「それだけ、とは?」


「助けてほしいとは言わないんだな」


 アルメイスの言葉を聞いたレインは、そんなこと思い付かなかったとでも言いたげな表情を浮かべた。


「レインではリミティブに敵わない。誓約が消えた以上、幸という少女だけでなくお前も危険なはずだ。にもかかわらず、助けを乞わないのは何故なぜなんだ?」


 レインは、しばらくの間を空けてから、その質問に答えた。


「そもそも、彼女が危険にさらされているのは私のせいなのですよ。だから、まずは私が責任を取らないと。

 それに、助けてほしいと言えば助けてくれるのですか? アルメイス」


「……確かに、それはまた別の問題だな」


 アルメイスは決して悪人――この場合は悪神と言うべきか――ではない。それこそ、リミティブと比べれば圧倒的に善寄りとも言える。

 しかし、善だとか悪だとか、それ以前にアルメイスは全能なのだ。

 生まれながらに他者と関わる必要のなかったアルメイスは、他人のために動かない。

 他者への干渉を行うのはいつだって自分のためだ。

 幸の転生先の調整も、今この場でレインと言葉を交わしているのも、全て自分のためだ。

 そういう意味で言えば、アルメイスにとってレインを助けるのは、自分のためにならなかった。


「助ける気もないのにくなんて、そういう趣味でもあるのですか?」


「さあな。自分のことは分からんさ」


「……そうですね。本当に」



 ◇◇◇◇◇



 全ての用事を済ませ、アルメイスは自分の世界に戻って来ていた。

 結局、レインがアルメイスに対して頼んだことは、幸の転生先の調節だけであり、それ以上のことは何も望まなかった。

 別にそれ自体は予想通りであり、何も問題はないのだが。


「……たまには人のために動いてみるのも、面白いか」


 気まぐれか、善意か、それとも悪意か。

 他人のためというこの感情さえ、自分のためなのか。


「やはり、自分のことは分からないな」


 つぶやいて、アルメイスは過去の世界へ干渉した。

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