第24話『無力な私は、願うことしかできなくて』

「か……っ、はぁっ、はぁ……はぁっ」


 首を締め付けられる苦しさから解放された幸は、荒々しく呼吸を繰り返す。


 ――私……何が……。


 息を整えながら幸は辺りを見回す。


 そこは、薄暗かった。

 霧のような白い何かが辺りに立ち込めているが、漂うそれはホログラムのように触れることができず、手で扇いでみても形が変化することはなかった。


「ここ、どこだろう……」


 そして私は、どうなったんだろう。

 学校からの帰宅途中。あの出来事が夢ではないのなら、私はきっと――


 その時、幸の背後からコツコツと足音が聞こえてきた。

 振り返るとそこには、真っ白なワンピースを身にまとった金髪の女性が立っていた。


綺麗きれい……」


 人間離れしたその美しさに、幸は無意識のうちに言葉をこぼす。


 少女と女の中間にいるような、美しくも可憐かれんな容姿。

 雪のように白く、しかし不健康には見えない肌。

 水晶のように透き通った水色の瞳。

 辺りは薄暗いのに、彼女がいる場所だけ輝いているようにも見えた。


「夏木梨幸さん、ですね」


「は、はい」


 綺麗だな。この人は誰だろう。この場所は何なんだろう。

 様々な疑問や思いが幸の脳裏に浮かぶ。

 しかし、それらの疑問を幸が口にする前に、金髪の女性が口を開いた。


「ごめんなさい。時間がないので纏めて答えさせてもらうのですよ。

 私の名前はレイン。神様、というのが一番近いのですよ。

 ここは、貴女あなたの住んでいた世界とは別の空間です。天国……ではありませんが、それに近い場所だと思っていてください。

 そしてあなたは、学校から帰宅している途中…………殺されてしまったのですよ」


 レインの言葉を聞いて真っ先に幸が思ったのは「やっぱり」という納得だった。

 首を絞め付けるあの痛み、息のできない苦しさ、血流を止められたことによる視野の狭まり。どれも、夢とは思えなかったから。


 この人が、神様。

 ここが、天国……じゃ、ないんだった。


 幸は、自分でも不思議なほど冷静にレインの言葉を信じていた。

 混乱しているはずなのに、レインの言葉は直ぐに理解ができた。


 レインは、まるで幸が自分の話を理解するまで待っていたかのようなタイミングで、再び口を開いた。


「さっきも言ったように時間がないのですよ。今から話すことをよく聞いてください。

 これから私は、貴女を別の世界に転生てんせいさせるのですよ。

 けれど、貴女を殺した相手は、転生した貴女をも殺そうとするはずです。

 だからその時は、転生先にいる彼を頼ってください。

 一度貴女を命と引き換えに救ってくれた彼なら、きっと、もう一度力になってくれるはずなのですよ」


 どうして転生を? 私を殺した相手? 転生先の彼?


 どうして私は、殺されなきゃならないんだろう。


 次々と新たな疑問があふれ出てくる。

 しかし、それら全ての疑問に、レインは答えてくれないようだった。


「一つだけ、伝えておくのですよ。

 貴女は何も悪くない。責任は全て私にあるのですよ。

 だから、だからどうか……リミティブあんなのに負けないで……」


 レインは幸を抱きしめる。

 その体は、少しだけ、震えていた。


 背に回された腕は細く、震えるその姿は神様というには頼りなくて。

 それでも、真っ直ぐに伝わってくる「助けたい」という想いは本当のように思えて。

 幸も、レインの背に腕を回し、強く抱きしめた。


「……これじゃ、神様失格なのですよ」


 苦笑いしながらレインが呟く。


 抱きしめる腕をどちらからとなく解くと、レインは幸の顔を真っ直ぐに見つめる。


「それでは、これから貴女を転生させます。

 転生後の貴女に、限りない幸運と、幸福がありますように」


 体が光に包まれるのとは対照的に、視界はどんどん暗くなっていく。

 見える世界が完全に光を失う直前、レインの背後に、赤色の外套がいとうを身に纏った人物を、幸は見た気がした。

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